## ケルゼンの純粋法学の周辺
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背景
19世紀末から20世紀初頭にかけて、法学は法実証主義の隆盛とともに、法の客観性・科学性を追求していました。しかし、当時の法学は、法と道徳の区別が曖昧であったり、社会科学的な分析を取り入れることによって法の自律性を損なうものでした。このような状況下で、ハンス・ケルゼンは、法を他の社会現象や価値判断から切り離し、法それ自体としての純粋な認識を主張する「純粋法学」を提唱しました。
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基本思想
ケルゼンは、純粋法学の基礎として、カントの超越論的観念論を法的認識に応用した「法の階層秩序」という概念を導入しました。これは、上位の法規範が下位の法規範の妥当性の根拠を与えるという関係性を示したものです。この階層構造の頂点には、具体的な内容を持たず、すべての法規範の最終的な妥当性の根拠となる「Grundnorm(基本規範)」が想定されています。
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主要な概念
ケルゼンは、純粋法学において、法を「規範」の体系と捉え、いくつかの重要な概念を提示しました。
* **規範**: 人間の行為を規整するものであり、「~すべし」という当為の命題として表現されます。
* **法規範**: 国家によって制定または承認された規範であり、違反に対する制裁を伴うことを特徴とします。
* **権限**: 特定の主体が法規範に基づいて、一定の行為を行うことを認められている状態。
* **法的義務**: 法規範によって特定の行為が禁じられている状態。
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影響と批判
ケルゼンの純粋法学は、法学における一大潮流となり、その後の法理論や憲法学に大きな影響を与えました。特に、法の解釈や適用における客観性・中立性を重視する立場は、司法の独立性や法の支配の確立に貢献したと評価されています。
一方で、純粋法学は、その抽象性や現実離れした側面から、以下のような批判も寄せられています。
* **基本規範の不明確さ**: 基本規範は、具体的な内容を持たず、その存在根拠が不明確であるため、法的秩序の根拠としては不十分であるという批判があります。
* **法の動態性の軽視**: 純粋法学は、法の静的な構造に焦点を当てており、社会の変化や法の形成過程など、法の動態的な側面を十分に考慮していないという批判があります。
* **法と道徳の断絶**: 法と道徳を完全に切り離すことは不可能であり、現実の法現象を理解するためには、道徳や正義などの価値判断も考慮する必要があるという批判があります。