ギデンズの「社会学の新しい方法基準」の思想的背景
構造主義と解釈主義の統合
アンソニー・ギデンズの『社会学の新しい方法基準』(1976年)は、社会学における構造主義と解釈主義の二元論を乗り越えようとする野心的な試みでした。当時、社会学は大きく分けて二つの陣営に分かれていました。
* **構造主義**は、社会構造が人間の行動を規定するという立場をとります。社会構造とは、社会における持続的なパターンや関係性を指し、個人の行動を制約すると考えます。この立場は、マルクス、デュルケーム、ヴェーバーなどの古典的な社会学者に代表されます。
* **解釈主義**は、社会が個人の意味や解釈によって構成されると考えます。この立場では、社会構造は人間の相互作用によって絶えず作り出され、再生産されるとされます。ウェーバーの「社会学的理解」の概念や、象徴的相互作用論、現象学などの影響を受けています。
ギデンズは、これらの対立する見方を統合する必要性を主張しました。彼は、社会構造は人間の行為を制約するだけでなく、行為を可能にするものでもあると論じました。
構造化理論
ギデンズはこの統合のために、「構造化理論」という新しい枠組みを提案しました。この理論の核心は、「構造の二重性」という概念です。これは、社会構造は人間の行為によって産出され、再生産されると同時に、その行為を制約するという二重の側面を持つことを意味します。
ギデンズによれば、人々は社会構造を意識せずに再生産していますが、同時にその構造によって制約を受けています。この構造と行為の相互作用こそが、社会を理解する上で重要であると彼は主張しました。
時間と空間の次元
ギデンズの構造化理論は、時間と空間の次元も重視します。彼は、社会構造は特定の時間と空間に埋め込まれており、歴史的な文脈の中で理解する必要があると論じました。
また、グローバリゼーションの進展に伴い、時間と空間の距離が縮小している現代社会において、社会構造はますます複雑化していると指摘しました。
近代性の考察
ギデンズは、構造化理論を基盤に、現代社会を特徴づける「近代性」についても考察しました。彼は、近代性を「リスクと信頼のダイナミズム」と捉え、現代社会は伝統的な規範や価値観が崩壊し、個人主義や合理主義が浸透した結果、リスクと不確実性が増大していると分析しました。
そして、このような現代社会においては、個人は自らの人生を積極的に選択し、自己実現を追求していくことが求められるようになると論じました。