カントの人倫の形而上学・法論のテクスト
カントの道徳哲学における位置づけ
『人倫の形而上学』は、1797年に刊行されたカントの倫理学の主著です。本書は、道徳の基礎づけを「形而上学」、すなわち経験によらない純粋理性による思惟によって探求する試みです。この試みは、前著『Grundlegung zur Metaphysik der Sitten』(1785年)で開始され、本書で体系的な展開を迎えます。本書は大きく「法論」と「徳論」の二部構成となっており、「法論」では他者の自由を侵害してはならないという義務を、「徳論」では自他の完成を目指すべき義務を論じています。
法論の構成
「法論」は、「権利論」と「私法」・「公法」の三部構成となっています。「権利論」では、権利の概念を定義し、あらゆる権利の根拠となる「自由」という概念を明らかにします。「私法」では、所有権・契約・家父長制など、個人と個人の間の権利関係を、「公法」では、国家と個人の間の権利関係を論じます。
道徳法則と定言命法
カントの倫理学の中心概念が「定言命法」です。定言命法は、無条件に、すなわちいかなる目的や条件にも依存せずにわれわれに課せられる命令です。カントは、人間の理性から導き出される道徳法則を定式化したものが定言命法であると考えました。
定言命法の定式
カントは、定言命法をいくつかの異なる形で定式化しています。中でも有名なものは以下の二つです。
* **普遍化の定式:**「あなたの意志の格率が、あなた自身の意志によってのみ、いつでも同時に普遍的な立法として通用するように行為しなさい」
* **人間性の目的としての定式:**「人間および一般にあらゆる理性的存在者を、常に同時に目的として用い、決して単なる手段としてのみ用いないように行為しなさい」
自由と自律
カントは、人間を理性を持つ存在として捉え、理性に基づいて自律的に行為する能力を「自由」と定義します。そして、定言命法に従うこと、すなわち自己の理性に従って行為することこそが、真の自由を実現することであると考えました。
義務の概念
カントは、道徳法則に従うことを「義務」と呼びます。義務は、外的・内的なあらゆる強制から自由であり、純粋に理性からの要請として感じられるものです。
影響と批判
『人倫の形而上学』は、その後の倫理学、政治哲学、法哲学に多大な影響を与えました。しかし、その抽象性や形式主義、感情や状況を軽視する点など、さまざまな批判も寄せられています。