## カミュの異邦人の美
###
不条理を受け入れる美しさ
「異邦人」は、伝統的な価値観や道徳観にとらわれず、不条理な世界をありのままに受け入れるムルソーの姿を描いています。彼は母親の死にも感情を表さず、職場での昇進にも無関心で、愛を告白されても心動かされる様子がありません。
ムルソーのこの態度は、社会通念上は異常で非人間的に映りますが、裏を返せば、彼は世間の偽善や欺瞞に染まっていない、純粋で自由な精神の持ち主とも言えます。彼は、意味や目的を求めがちな人間存在の不条理さを敏感に感じ取っているからこそ、既存の価値観に縛られず、自分自身の感覚に従って生きているのです。
###
感覚的な描写の美しさ
カミュは、「異邦人」において、ムルソーの心理描写よりも、彼が五感で感じる太陽の光や海の輝き、女性の肌の温かさなどを、簡潔かつ鮮烈な筆致で描写することに重点を置いています。
例えば、冒頭で描かれる母親の葬儀の場面では、ムルソーは悲しみよりも、強烈な太陽の光や棺桶の釘を打つ音、汗ばむ肌の感覚など、自分の身体に直接的に影響を与えるものごとを克明に描写しています。
この感覚的な描写は、理性や道徳といった抽象的な概念ではなく、具体的な感覚体験を通して世界を捉えようとするムルソーの姿勢を象徴しています。そして、読者は、ムルソーの視点を通して、ありふれた日常の中に潜む生の輝きや、世界の不条理な美しさを再発見させられるのです。
###
沈黙の美しさ
「異邦人」は、ムルソーの沈黙が印象的な作品でもあります。彼は、自分の感情や考えを積極的に表現することはほとんどなく、周囲の人々との間には常に一定の距離が保たれています。
特に、裁判の場面におけるムルソーの沈黙は、彼の異邦人としての立場を際立たせる重要な要素となっています。彼は、社会のルールや価値観を理解できないわけではありませんが、そこに迎合することを拒み、最後まで自分の真実を語ろうとしません。
ムルソーのこの沈黙は、社会への反抗の表れであると同時に、言葉では語り尽くせない人間の存在の深淵、そして不条理な世界に対する静かな抵抗の意志を表しているとも言えるでしょう。