エラスムスの痴愚神礼讃を読む前に
エラスムスと彼の時代背景を知る
デシデリウス・エラスムスは、15世紀後半から16世紀前半にかけて活躍した、オランダ出身の人文主義者、神学者、哲学者です。彼は古典文学や聖書研究に精通し、当時のカトリック教会の腐敗や社会の矛盾を鋭く批判しました。エラスムスは、理性と教養に基づいた穏健な改革を主張し、宗教改革の先駆者の一人とされています。
エラスムスが活躍した時代は、ルネサンスと呼ばれる文化運動がヨーロッパに広がっていた時代です。ルネサンスは、中世の権威主義的な思想から脱却し、古代ギリシャ・ローマの文化や価値観を見直そうとする運動でした。エラスムスもまた、ルネサンスの影響を受け、人間性の解放や理性の重要性を説きました。
『痴愚神礼讃』が書かれた背景
『痴愚神礼讃』は、エラスムスが1509年にイギリス滞在中にわずか1週間で書き上げたとされる風刺文学の傑作です。この作品は、愚神モーリアを語り手に据え、彼女の視点から当時の社会や人間を風刺的に描いています。エラスムスは、モーリアの口を借りて、当時の聖職者たちの堕落や学者の衒学主義、戦争や貴族の道徳の退廃などを痛烈に批判しました。
風刺文学というジャンルを理解する
『痴愚神礼讃』は風刺文学に分類されます。風刺文学とは、ユーモアや皮肉、誇張などの表現技法を用いて、社会や人間の愚かさや悪徳を批判する文学ジャンルです。風刺文学は、単に笑いを提供するだけでなく、読者に問題点を意識させ、社会や人間の改善を促すことを目的としています。
寓意や象徴を読み解く準備をする
『痴愚神礼讃』には、寓意や象徴がふんだんに用いられています。寓意とは、抽象的な概念を具体的な事物や人物に置き換えて表現する技法です。象徴とは、それ自体が具体的な意味を持ちながら、同時に別の抽象的な概念を暗示するものです。エラスムスは、寓意や象徴を用いることで、当時の社会や人間の複雑な問題を多角的に表現しています。
例えば、愚神モーリアは、一見すると愚かさを象徴する存在ですが、同時に、人間の自由や無邪気さ、偽善のない正直さなども象徴しています。エラスムスは、モーリアの言葉を借りて、当時の社会の常識や価値観を逆転させ、読者に新たな視点を提供しています。