## イシグロの日の名残りと言語
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執事の語り口
「日の名残り」は、主人公である執事のスティーブンスが一人称で語る形式で書かれています。彼の語り口は、伝統的な英国執事らしい丁寧で格式ばったものです。作中では、難解な単語や回りくどい表現が多用され、感情表現は抑制的です。
例えば、スティーブンスは自身の過去の出来事について語る際も、「~だったような気がします」「~だったと記憶しております」といった曖昧な表現をよく用います。これは、執事として客観性を保ち、個人的な感情を表面に出さないように訓練された結果とも言えます。
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階級と文化の違いが表す言語の壁
作中には、様々な階級の人物が登場し、それぞれ異なる言語が使用されます。特に、上流階級の人々が使う皮肉や婉曲表現は、スティーブンスには理解しにくいものです。
例えば、ダーリントン卿とその友人たちの会話は、スティーブンスにはその真意が掴めず、戸惑う場面がしばしば見られます。このことは、階級社会におけるコミュニケーションの難しさを浮き彫りにすると同時に、スティーブンスが置かれている文化的な断絶をも暗示しています。
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沈黙と余白が持つ意味
「日の名残り」では、言葉で語られない部分、つまり沈黙や余白が重要な意味を持ちます。スティーブンスは、しばしば言葉を濁したり、重要な話題を避けて通ったりします。
これは、彼が過去の出来事や自身の感情と向き合うことを恐れているからとも言えます。読者は、彼の沈黙の裏側に隠された真実に思いを馳せることになります。
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時間の経過と記憶の不確かさ
スティーブンスの語りは、過去と現在を行き来しながら進んでいきます。彼の記憶は必ずしも正確ではなく、時として曖昧になったり、美化されたりしています。
これは、時間が経過することで記憶が変容していく様を表すと同時に、スティーブンスが過去の出来事を都合よく解釈しようとしている可能性も示唆しています。読者は、彼の語りの背後にある真実を見極めようと、注意深く読み解いていくことになります。