Skip to content Skip to footer

イシグロの『わたしを離さないで』と言語

## イシグロの『わたしを離さないで』と言語

###

抑圧された語りと言語

『わたしを離さないで』の語り手キャシー・Hは、自身の経験を淡々とした、感情を抑制した口調で語ります。これは、クローンの置かれた過酷な運命、そして彼らが受ける組織的な抑圧を反映しています。キャシーは、「保護官」と呼ばれる大人たちから、「提供」という名の臓器摘出のために育てられたことを徐々に理解していきますが、その過程で経験する恐怖や怒り、悲しみといった感情を直接的に表現することはほとんどありません。

この抑圧された語り口は、作中で重要な役割を果たす「言葉の欠如」というテーマにも繋がっています。クローンたちは自分たちの運命やアイデンティティについて、周囲の大人たちから明確な説明を受けることがありません。その結果、彼ら自身も自分たちの置かれた状況を言葉で捉え、表現することが困難になっています。

###

記憶と言語

キャシーの語りは、過去と現在を行き来する断片的なものです。彼女はヘールシャムでの子供時代、コテージでの青年期、そして介護人としての現在を回想しながら、自身のアイデンティティやクローンとしての運命について模索していきます。

この断片的な語りは、記憶の曖昧さと、それを言葉で捉えることの難しさを反映しています。キャシーは、過去の出来事を正確に思い出すことに苦労し、しばしば「確かではないけれど」「たぶん」といった曖昧な表現を用います。これは、彼女自身の記憶が不確かであると同時に、クローンとしての運命を受け入れる過程で、辛い記憶が意識的にまたは無意識的に抑圧されている可能性も示唆しています。

###

隠喩と象徴

『わたしを離さないで』では、クローンたちの置かれた状況や彼らの感情を表現するために、様々な隠喩や象徴が用いられています。

例えば、「保護区域」としてのヘールシャムは、外部世界から隔絶されたクローンたちの閉鎖的な環境を象徴しています。また、「提供」という言葉を臓器摘出の婉曲表現として用いることで、クローンたちが人間としての尊厳を奪われている現実が浮き彫りになっています。

これらの隠喩や象徴は、直接的な表現を避けることで、読者にクローンたちの置かれた状況の残酷さや不条理さをより強く意識させます。

Amazonで購入する

Leave a comment

0.0/5