フッサールのヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学の思索
フッサールの「ヨーロッパ諸学の危機」という問題提起
エドムント・フッサール(1859-1938)は、20世紀初頭のヨーロッパ思想界において重要な位置を占める哲学者です。第一次世界大戦後の1930年代、ヨーロッパ社会全体の精神的危機が叫ばれる中、フッサールは、1935年から1936年にかけて執筆し、後に『危機』と通称されることになる遺稿『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』(Die Krisis der europäischen Wissenschaften und die transzendentale Phänomenologie)の中で、近代科学の成功にもかかわらず深刻化するヨーロッパの危機を、「理性」に対する懐疑と「精神のホームレス化」として特徴づけ、その根本原因を探求しました。
近代科学の成功と「意味」の喪失
フッサールは、近代科学の成功は、数学的自然科学という、客観的で厳密な方法に基づいていたことを高く評価する一方で、その方法論が、人間存在の「意味」や「価値」といった問題を扱うには不十分であると批判しました。彼によれば、近代科学は、世界を数量化し、客観的な法則によって記述しようとするため、人間の主観的な経験や、生きる世界における意味を排除してしまう傾向があります。
「生活世界」と「超越論的現象学」
フッサールは、この危機を克服するために、近代科学の基礎を問い直し、「生活世界」という概念を提唱しました。生活世界とは、我々が日常的に経験する、主観的で意味に満ちた世界のことを指します。フッサールは、近代科学の基礎には、この生活世界が無批判に前提されていると考えました。
そこでフッサールは、この生活世界を、先入観や偏見を取り払って、ありのままに記述する方法として、「超越論的現象学」を提唱しました。超越論的現象学は、意識の働きに立ち返り、意識に現れる現象を丁寧に分析することによって、世界の成り立ちを明らかにしようとする哲学的方法です。
フッサールの目指したもの
フッサールは、超越論的現象学を通して、近代科学の限界を克服し、人間の精神的な危機を乗り越えようとしたのです。彼は、人間の意識体験に立ち返り、世界と人間の関わりを根底から問い直すことによって、真の意味での「理性」を回復し、「精神の危機」を克服できる道筋を示そうとしたと言えます。