## ニーチェの道徳の系譜の思索
第一論文 「善悪」の彼岸へ
ニーチェは本書において、従来の道徳、特にキリスト教的な道徳を批判的に分析し、その起源と本質を問うことを試みています。第一論文では、「善」と「悪」という概念の起源を歴史的に遡り、従来の道徳観を覆すような独自の解釈を提示します。
彼は、古代ギリシャの貴族社会における「主人道徳」と、ユダヤ教やキリスト教に見られる「奴隷道徳」という二つの対照的な道徳観念を提示します。主人道徳は、力強く肯定的な生の価値観に基づき、高貴な精神、勇敢さ、名誉などを「善」と見なします。一方、奴隷道徳は、弱者や抑圧された人々の怨恨の感情から生まれ、力や強さを「悪」とみなし、謙虚さ、服従、同情などを「善」と見なすとされます。
ニーチェは、キリスト教道徳を、弱者が強者を道徳的に支配するための「奴隷道徳」の完成形と捉え、その「憐れみ」や「自己犠牲」といった価値観を、本来の人間の力と生命を否定するものとして批判します。
第二論文 「罪責感」、「良心の呵責」の系譜
第二論文では、人間がどのようにして道徳的な責任感を持つようになったのか、その起源を「記憶」と「約束」という概念から説明しています。
ニーチェによれば、人間は動物と異なり、過去を記憶し、未来を予測する能力を獲得したことで、約束を交わし、それを守るという社会的な関係性を築き上げました。この約束を守るための強制力として、社会的な制裁が生まれ、それが内面化されることで「良心の呵責」という心理メカニズムが形成されたとされます。
さらに、ニーチェは、この良心の呵責が、キリスト教の罪の意識と結びつくことで、人間を自己否定と苦悩へと陥れるものになったと批判します。
第三論文 禁欲主義的理想の意味するもの
第三論文では、ニーチェは、哲学者、宗教家、芸術家などに見られる「禁欲主義的理想」を取り上げ、その本質と意味を探求します。
禁欲主義は、快楽や欲望を抑制し、自己を否定することで、ある種の精神的な高みを目指そうとする生き方です。ニーチェは、禁欲主義を、生の否定に基づくニヒリズム（虚無主義）の一形態として批判的に捉えつつも、その背後には、意味のない世界において、自らに意味を与えるとする人間の意志の力が働いていると解釈します。
彼は、禁欲主義的理想が、真実への意志、権力への意志、自己超越への意志など、様々な形で現れることを指摘し、その根底にある人間の本質的な力を明らかにしようと試みます。