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フォークナーの「アブサロム、アブサロム!」と時間

## フォークナーの「アブサロム、アブサロム!」と時間

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物語時間と語り手の時間

「アブサロム、アブサロム!」における時間は、単純な直線的な流れではなく、屈折し、循環する複雑な構造を持っています。 この小説は、1805年から1910年にかけての、アメリカ南北戦争とその後の南部の没落を背景に、トーマス・スットペンとその家族の三世代にわたる物語を描いています。

しかし、フォークナーはこの歴史を年代順に語るのではなく、複数の語り手の視点と、現在と過去を行き来する複雑な時間軸を用いることで、断片的に提示します。 語り手たちはそれぞれ独自の視点、偏見、記憶の欠如を抱えており、出来事の解釈や順序も異なります。

例えば、ローザ・コールドフィールドは、自分の限られた経験と、スットペン家に嫁ぐことの叶わなかったことへの個人的な感情に基づいて、過去を語ります。 一方、クウェンティン・コムソンは、ローザや自分の祖父など、他の語り手から断片的に伝え聞いた話を元に、スットペン家の歴史を再構築しようと試みます。

このように、物語時間は語り手の時間と複雑に絡み合い、読者はパズルのピースを組み合わせるように、登場人物たちの回想や対話を通じて、次第に全体像を把握していくことになります。

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時間と記憶

「アブサロム、アブサロム!」において、時間は客観的なものではなく、登場人物たちの記憶と深く結びついています。 過去は現在に絶えず侵入し、登場人物たちの行動や思考に影響を与えます。 彼らは過去の出来事にとらわれ、その意味を理解しようと苦悩します。

例えば、ヘンリー・スットペンは、異母兄弟であるチャールズ・ボンを愛しながらも、当時の南部の社会規範に囚われ、彼を殺害してしまいます。 この過去の罪は、ヘンリーを生涯苦しめ続け、彼の人生を決定づける出来事となります。

また、クウェンティンは、スットペン家の過去の真実を明らかにしようと努める中で、自分自身の家族の歴史や南部の歴史とも向き合うことになります。 過去を理解することは、彼にとって、自分自身のアイデンティティを確立するための重要な課題となります。

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時間の繰り返しと循環

「アブサロム、アブサロム!」では、時間の流れは直線的ではなく、循環的な構造を帯びています。 過去の出来事は、異なる世代、異なる登場人物によって繰り返され、そのたびに新たな意味を持って立ち現じます。

例えば、トーマス・スットペンは、自身の野心を実現するために、妻や子供たちを犠牲にします。 そして、彼の息子であるヘンリーもまた、愛する人を社会規範のために犠牲にするという、父親と同じ過ちを繰り返します。 このように、スットペン家の歴史は、同じような悲劇が繰り返される歴史として描かれています。

また、時間の循環は、登場人物たちの名前にも表れています。 トーマス・スットペンと息子の名前は、旧約聖書の登場人物であるダビデ王とその息子アブサロムを暗示しています。 アブサロムは父に反旗を起こし、最終的に悲劇的な死を迎えますが、この親子関係はスットペン家の運命を予兆するものとして描かれています。

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時間の停滞

「アブサロム、アブサロム!」の時間の特徴の一つとして、時間の停滞も挙げられます。 南北戦争の敗北後、南部の社会は停滞し、過去への執着から抜け出せないでいます。 スットペン家の没落は、まさにこの南部の停滞を象徴していると言えます。

登場人物たちもまた、過去の影から逃れられず、時間の流れから取り残されたかのように描かれています。 ローザ・コールドフィールドは、スットペン家の過去に囚われ続け、孤独な老後を送ります。 クウェンティンは、スットペン家の歴史を語り継ぐことで、過去から逃れようとしますが、最終的にはその重荷に押しつぶされてしまいます。

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