## ジェイムズの心理学原理の思想的背景
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当時の心理学における二つの潮流
ウィリアム・ジェームズが1890年に発表した『心理学原理』は、近代心理学の古典として位置づけられています。ジェームズの思想は、当時の心理学界を大きく二分していた二つの潮流、すなわち、ドイツのヴントに代表される「構成主義心理学(要素主義心理学)」と、イギリスで発展した「連合主義心理学」の両方の影響を受けつつも、独自の立場を築き上げたところに特徴があります。
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ヴントの構成主義心理学とジェームズ
ヴントは、意識を要素に分解し、その構造を明らかにすることを目指しました。これは、化学が物質を元素に分解して分析するのと同様に、意識もより基本的な要素に還元できると考えたからです。ヴントは、内観実験と呼ばれる厳密な方法を用いて、感覚、感情、イメージなどの要素を分析しようとしました。
ジェームズは、ヴントの実験心理学の手法を高く評価し、ハーバード大学に実験心理学の研究室を設立するなど、アメリカにおける実験心理学の導入と発展に貢献しました。
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イギリス連合主義心理学とジェームズ
一方、イギリス経験主義の伝統を受け継ぐ連合主義心理学は、経験を通して心の中に観念が結びついていく過程を重視しました。心的現象は、感覚経験から生み出される単純な観念が、連合の法則に基づいて結合することで説明できると考えました。
ジェームズは、連合の法則が意識の流れを説明するには不十分であると考えました。彼は、意識は要素の集合体ではなく、絶え間なく変化する「意識の流れ」として捉えるべきだと主張しました。
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プラグマティズムとジェームズ
ジェームズの心理学は、チャールズ・サンダース・パースらによって提唱されたプラグマティズムの影響を強く受けています。プラグマティズムは、概念や理論の真偽はその実用性によって判断されるべきだとする哲学です。
ジェームズは、意識もまた環境への適応という実用的な機能を持つと捉えました。彼は、意識の働きを、選択的に注意を向け、行動を制御することで環境に適応していくプロセスとして理解しました。
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進化論とジェームズ
ダーウィンの進化論もまた、ジェームズの心理学に大きな影響を与えました。ダーウィンは、生物の形態や行動は、環境への適応という観点から説明できることを示しました。
ジェームズは、意識もまた進化の過程で生まれたものであり、生存に有利な機能を持つと考えたのです。彼は、意識を、生物が環境に適応し、生存の可能性を高めるための進化的な産物として位置づけました。
ジェームズは、これらの思想的背景を踏まえながら、独自の心理学体系を構築していきました。