フォークナーのアブサロム、アブサロム!から学ぶ時代性
アメリカ南部という特異な舞台
フォークナーの『アブサロム、アブサロム!』は、19世紀初頭から20世紀初頭にかけてのアメリカ南部、特にミシシッピ州を舞台に、コンプソン家とサトペン家の盛衰を描いています。南北戦争と奴隷解放という激動の時代を経た南部の、その後の長く暗い影を映し出すことで、当時の時代性を浮き彫りにしています。
小説の舞台となるヨクナパトーファ郡は、フォークナー自身が創造した架空の土地ですが、彼の故郷であるミシシッピ州をモデルにしています。フォークナーは、この土地の歴史や文化、人々の意識の中に深く根付いた南部の伝統や価値観を、作品を通して描き出そうとしました。
奴隷制がもたらした傷跡
『アブサロム、アブサロム!』の中心人物の一人であるトーマス・サトペンは、奴隷制社会における成功を夢見て、貧しい出自から身を起こそうとします。彼は、冷酷なまでの野心と支配欲に取り憑かれ、白人至上主義的な価値観に染まっていく様子が描かれます。
サトペンの悲劇は、奴隷制が南部の社会全体に歪みをもたらし、人間の精神を蝕んでいったことを象徴しています。白人社会は、黒人に対する差別や偏見を当然のものとみなし、その上に成り立つ秩序を守ろうとしました。
しかし、南北戦争と奴隷解放によって、そう いった旧来の秩序は崩壊し、南部の白人たちは、アイデンティティの喪失や経済的な困窮に苦しむことになります。
語り継がれる過去、複雑な記憶
『アブサロム、アブサロム!』は、複数の語り手によって、サトペン家の歴史が断片的に語られていきます。過去の出来事は、それぞれの語り手の主観や解釈によって歪曲され、客観的な真実は曖昧なままです。
これは、南部の過去に対する複雑な感情を表しています。南北戦争と奴隷制という負の歴史は、南部の白人にとって、消し去りたい過去でありながら、同時に彼らのアイデンティティの根幹をなすものでもありました。彼らは、過去を美化したり、正当化しようとする一方で、その暗い影から逃れることはできませんでした。
フォークナーは、断片的な語りを通して、歴史がいかに複雑で多義的なものであるか、そして、過去が現在にどのように影響を及ぼし続けるのかを描き出そうとしたと言えるでしょう。