## マルサスの人口論を深く理解するための背景知識
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18世紀後半のイギリス社会
マルサスが『人口論』を著した18世紀後半のイギリスは、産業革命の初期段階にあり、社会構造や経済状況が大きく変化していました。農業革命による食料生産の増加や医療技術の進歩によって人口は増加傾向にありましたが、同時に都市部への人口集中、貧困の拡大、失業者の増加といった社会問題も深刻化していました。
**産業革命の影響:**蒸気機関の発明を皮切りに、工場制機械工業が発展し、生産力が飛躍的に向上しました。これにより、農村部から都市部への人口移動が加速し、都市部では人口が急増しました。しかし、雇用は必ずしも増加するわけではなく、失業や貧困が深刻化しました。
**都市化の進展:**工場労働を求めて農村部から都市部への人口流入が続くと、都市は過密化し、住宅不足や衛生状態の悪化といった問題が発生しました。スラム街の形成や伝染病の蔓延も深刻化しました。
**貧困問題の深刻化:**産業革命は富を生み出す一方で、貧富の格差を拡大させました。工場労働者は低賃金で長時間労働を強いられ、劣悪な生活環境に置かれていました。貧困層の増加は社会不安を引き起こし、犯罪の増加にもつながりました。
**救貧法をめぐる議論:**当時のイギリスでは、貧困層に対して救貧法に基づく救済が行われていましたが、その効果や財政負担をめぐって議論が活発化していました。一部では、救貧法が貧困を助長し、人口増加を促進するという批判もありました。
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啓蒙主義思想
18世紀のヨーロッパでは、理性と科学に基づいて社会を変革しようとする啓蒙主義思想が広く普及していました。啓蒙主義思想は、人間の理性によって社会の進歩と幸福を実現できるとする楽観的な思想であり、マルサスの人口論にも大きな影響を与えました。
**理性と科学の重視:**啓蒙主義思想は、中世的な宗教的権威や迷信を否定し、人間の理性と科学的思考を重視しました。自然科学の発展や社会科学の萌芽はこの思想と深く結びついていました。
**社会進歩への楽観的な見方:**啓蒙主義思想は、人間の理性によって社会は進歩し、より良い社会が実現可能であると楽観的に考えていました。教育の普及や政治改革によって、貧困や不平等といった社会問題も解決できると考えられていました。
**個人主義と自由主義:**啓蒙主義思想は、個人の自由と権利を重視する個人主義と自由主義の思想にもつながりました。自由な経済活動や言論の自由が尊重されるべきであるという考え方が広まりました。
**ゴドウィンやコンドルセの思想:**ウィリアム・ゴドウィンやコンドルセといった啓蒙主義思想家は、理性に基づいた社会改革によって、貧困や犯罪のない理想社会が実現可能であると主張しました。彼らは、人口増加は社会の進歩と幸福につながると楽観的に考えていました。
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当時の経済学
マルサスの時代には、アダム・スミスを代表とする古典派経済学が発展しつつありました。古典派経済学は、自由放任主義を基本とし、市場メカニズムによる資源配分を重視していました。マルサスは、古典派経済学の考え方を一部受け入れながらも、人口増加の問題については独自の視点から分析を行いました。
**アダム・スミスの『国富論』:**1776年に出版されたアダム・スミスの『国富論』は、古典派経済学の基礎を築いた重要な著作です。スミスは、分業や自由貿易によって経済が発展し、国民全体の富が増加すると主張しました。
**自由放任主義:**古典派経済学は、政府による経済への介入を最小限にとどめ、市場メカニズムに任せるべきであるとする自由放任主義を主張しました。自由な競争によって、資源が効率的に配分され、経済が発展すると考えられていました。
**労働価値説:**古典派経済学では、商品の価値は、その生産に投下された労働量によって決定されるとする労働価値説が一般的でした。
これらの背景知識を理解することで、マルサスが『人口論』で提起した問題意識やその主張の根拠、そして当時の社会における議論との関連性をより深く理解することができます。
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