## ハーバーマスの後期資本主義における正当化の諸問題を深く理解するための背景知識
### 現代性の危機と理性概念の変容
ハーバーマスは、後期資本主義社会における正当化の諸問題を分析する上で、まず「現代性の危機」という問題意識を出発点としています。これは、啓蒙主義以降の近代社会が、理性と進歩という理念に基づいて発展してきたものの、現実には戦争や全体主義、環境破壊など、理性では制御できないさまざまな問題に直面し、その根底的な理念が揺らいでいるという認識です。
### マルクス主義と批判理論の継承と批判
ハーバーマスは、フランクフルト学派の第一世代に属し、マルクス主義と批判理論を継承しています。マルクスは、資本主義社会における経済的な矛盾や階級対立を分析し、その克服を目指しました。フランクフルト学派は、マルクスの思想をさらに発展させ、文化やイデオロギー、心理といった側面も含めて、資本主義社会の支配構造を批判的に分析しました。
しかし、ハーバーマスは、伝統的なマルクス主義が、生産力や経済構造といった物質的な側面に過度に焦点を当て、文化やコミュニケーションといった側面を軽視していると批判しました。また、革命による社会変革という方法論についても、歴史的な経験を踏まえ、その有効性に疑問を呈しました。
### ウェーバーの影響：合理化と脱魔術化
ハーバーマスは、マックス・ウェーバーの社会学からも大きな影響を受けています。ウェーバーは、近代社会の特徴を「合理化」と「脱魔術化」という言葉で捉えました。合理化とは、社会のあらゆる領域において、効率性や計算可能性が重視される傾向を指します。脱魔術化とは、伝統的な宗教や神話などの世界観が失われ、合理的な思考が支配的になることを意味します。
ウェーバーは、合理化と脱魔術化は、一方で科学技術の発展や経済成長をもたらす一方で、他方で人間を「鉄の檻」に閉じ込め、意味や価値を失わせる可能性があると指摘しました。ハーバーマスは、ウェーバーのこの分析を継承し、後期資本主義社会における合理化の進展が、システムの自己目的化とライフワールドの植民地化をもたらし、正当化の危機を深めていると主張しました。
### コミュニケーション的理性と公共圏の概念
ハーバーマスは、後期資本主義社会における正当化の危機を克服するために、「コミュニケーション的理性」という概念を提唱しました。コミュニケーション的理性とは、対等な主体同士が、自由で平等なコミュニケーションを通じて、相互理解と合意形成を目指す能力です。
ハーバーマスは、コミュニケーション的理性に基づく公共圏の形成が、正当な社会秩序を実現するために不可欠であると考えました。公共圏とは、市民が自由に意見を交換し、政治的な意思決定に参加する場のことです。公共圏においては、権力や金銭などの外的強制力ではなく、理性的な議論と合意形成によって、社会全体の利益にかなう政策が決定されるべきです。
### システムとライフワールドの二分法
ハーバーマスは、社会を「システム」と「ライフワールド」という二つの領域に分けました。システムとは、経済や政治といった、目的合理性に基づいて運営される領域です。ライフワールドとは、家族や友人関係、文化共同体など、コミュニケーション的合理性に基づいて成り立つ、日常生活の世界です。
ハーバーマスは、後期資本主義社会においては、システムの論理がライフワールドに浸透し、その自律性を侵害していると批判しました。例えば、経済的な効率性を追求するあまり、教育や医療、福祉などの領域が、市場原理によって支配され、人間的な価値が軽視される傾向が見られます。
### 法と正当性の問題：法実証主義批判と規範理論の構築
ハーバーマスは、後期資本主義社会における正当性の危機を克服するために、法の役割を重視しました。法は、システムとライフワールドの媒介として機能し、両者のバランスを保つ役割を担います。
ハーバーマスは、法実証主義を批判し、法の正当性は、単に制定手続きの妥当性だけでなく、その内容が道徳的な規範と整合しているかどうかにかかっていると主張しました。そして、コミュニケーション的理性に基づく「討議倫理」を提唱し、法の規範を正当化するための普遍的な基盤を提示しました。
### 後期資本主義の病理と民主主義の可能性：晩年の議論
晩年のハーバーマスは、グローバリゼーションや情報化といった社会変動を踏まえ、後期資本主義の新たな病理と民主主義の可能性について考察を深めています。彼は、グローバル化が国家の主権を弱体化させ、民主的なコントロールを困難にしていること、情報技術の発達が公共圏の構造を変容させ、新たな課題を生み出していることを指摘しています。
しかし、ハーバーマスは、こうした困難な状況においても、民主主義の可能性を諦めていません。彼は、グローバルな公共圏の形成や、市民による積極的な政治参加を通じて、正当な社会秩序を実現する道筋を探求し続けています。
ハーバーマスの後期資本主義における正当化の諸問題に関する考察は、現代社会が直面する課題を深く理解し、より良い社会を構築するための重要な手がかりを提供しています。
Amazonで後期資本主義における正当化の諸問題 の本を見る
読書意欲が高いうちに読むと理解度が高まります。