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グロチウスの戦争と平和の法の対極

グロチウスの戦争と平和の法の対極

カール・フォン・クラウゼヴィッツの「戦争論」

 グロチウスの『戦争と平和の法』が国際法の観点から戦争の制限を訴えたのに対し、クラウゼヴィッツの『戦争論』は、戦争の本質を政治の延長線上にあるものとして捉え、その非合理性や残虐性を容赦なく描き出しています。

「戦争論」における戦争観

 クラウゼヴィッツは、戦争を「政治目的を達成するための暴力行為」と定義し、そこには理性や道徳ではなく、敵を打倒しようとする暴力的な衝動が支配すると主張しました。

彼は、戦争を「感情」「偶然」「理性」という三つの要素から成り立つものと分析し、特に「感情」と「偶然」が戦争を予測不能なものにすると説きました。

彼の主張は、ナポレオン戦争における経験に基づいており、当時の戦争が国家総力戦へと変化していく中で、従来の戦争観では捉えきれない現実を鋭く指摘したといえます。

グロチウスとの対比

 グロチウスが戦争を制限するための法の必要性を説いたのに対し、クラウゼヴィッツは戦争の本質を暴き、その非情さを容赦なく描き出しました。

グロチウスが目指したのは、国際社会における秩序と平和の維持でしたが、クラウゼヴィッツは、戦争の現実を直視し、その中で勝利を得るための戦略と戦術を追求することに重点を置きました。

両者の思想は一見対照的ですが、どちらも戦争という行為に対する深い洞察を含んでおり、後世に大きな影響を与えました。 グロチウスの思想は国際法の発展に貢献し、クラウゼヴィッツの戦争論は軍事戦略の古典として、現代の安全保障研究にも影響を与え続けています。

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