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シェイクスピアのテンペストの関連著作

シェイクスピアのテンペストの関連著作

モンテーニュ エセー

「エセー」は、16世紀のフランスの思想家ミシェル・ド・モンテーニュによって書かれた、哲学的考察、個人的な回想、歴史的な逸話などを織り交ぜた膨大な随想録です。「テンペスト」との関連において特に重要なのは、「カニバルについて」と題されたエッセイです。このエッセイは、ヨーロッパ人が未開であると見なしていたブラジル先住民の文化や慣習を、偏見にとらわれずに考察したものです。モンテーニュは、彼らが独自の道徳観や正義感を持ち、自然と調和した社会を築いていることを指摘し、ヨーロッパ社会の物質主義や残虐性を批判しました。

ジョン・フローリオ訳 エセー(1603年)

シェイクスピアは、モンテーニュの「エセー」を英語に翻訳したジョン・フローリオ版を読んでいた可能性が高いと考えられています。「テンペスト」には、「カニバルについて」のエッセイの影響が色濃く現れており、特にカリバンとプロスペローの関係性に反映されています。カリバンは、島に最初に住んでいた原住民でありながら、プロスペローに征服され、奴隷として扱われます。彼はプロスペローに対して、「お前は私に言葉を与えた。その言葉で、お前を呪ってやる」という有名なセリフを吐きますが、これはモンテーニュが「エセー」で指摘した、ヨーロッパ人が植民地支配を正当化するために用いた論理に対する痛烈な批判となっています。

リチャード・ハクルート 航海旅行記(1598-1600年)

「航海旅行記」は、イギリスの地理学者リチャード・ハクルートによって編纂された、探検家たちの航海記や旅行記を集めた書物です。「テンペスト」の舞台設定や登場人物には、この書物に収録された、1609年にバミューダ諸島で難破した英国船Sea Venture号の遭難事件に関する記述が影響を与えたとされています。Sea Venture号の乗客乗員は、無人島での生活を余儀なくされますが、全員が協力して船を修理し、10ヶ月後に生還を果たしました。この事件は、当時イギリスで大きな話題となり、シェイクスピアもこの事件を知っていたと考えられます。

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