# ヴォルテールの寛容論を深く理解するための背景知識

ヴォルテールの人生と時代背景

フランソワ＝マリー・アルエ、通称ヴォルテール（1694-1778）は、フランス啓蒙主義を代表する思想家、作家、哲学者です。彼の生涯は、フランス絶対王政の時代からフランス革命前夜までの激動の時代と重なります。ルイ14世の治世末期に生まれ、ルイ15世の時代を経て、ルイ16世の治世下にその生涯を閉じました。

ヴォルテールは、貴族階級出身でありながら、鋭い批判精神と自由への強い希求を持ち合わせていました。彼の思想は、当時の社会体制や宗教的権威に対する批判と、理性と個人の自由を重視する啓蒙主義の理念に基づいています。彼の著作は、フランス国内だけでなく、ヨーロッパ全域に大きな影響を与え、フランス革命やアメリカ独立革命など、近代市民社会の形成に重要な役割を果たしました。

フランスにおける宗教的対立と迫害の歴史

フランスでは、16世紀にカトリックとプロテスタントの間で激しい宗教対立が生じました。ユグノー戦争と呼ばれるこの内戦は、サン・バルテルミーの虐殺など、多くの犠牲者を出す悲劇的な結末を迎えます。その後、1598年にナントの勅令によってプロテスタントに信仰の自由が認められますが、ルイ14世によって1685年にナントの勅令が廃止されると、プロテスタントは再び厳しい弾圧を受けることになります。

ヴォルテールは、こうした宗教的対立と迫害の歴史を目の当たりにし、宗教的な不寛容が社会にもたらす悲惨さを痛感していました。彼の寛容論は、こうした歴史的背景を踏まえて、宗教的寛容の必要性を訴えるものです。

ジャン・カラス事件とその影響

1761年、フランス南部のトゥールーズで、ジャン・カラスというプロテスタントの商人が、息子の自殺をカトリックへの改宗を強制しようとしたためだとする疑いで逮捕され、拷問の末に処刑されるという事件が起こりました。後にこれは冤罪であることが判明しますが、この事件はフランス社会に大きな衝撃を与え、宗教的偏見と司法の不公正に対する批判が高まりました。

ヴォルテールは、ジャン・カラス事件に強い憤りを感じ、事件の真相究明とカラスの名誉回復に尽力しました。彼は、この事件を題材とした著作やパンフレットを出版し、宗教的寛容の重要性を訴えました。ジャン・カラス事件は、ヴォルテールの寛容思想を形成する上で重要な契機となった出来事であり、「寛容論」の執筆にも大きな影響を与えています。

啓蒙主義思想と寛容の概念

啓蒙主義は、18世紀のヨーロッパを中心に展開した思想運動で、理性と経験に基づいて社会を変革しようとする思想です。啓蒙主義思想家たちは、人間の理性と自由を重視し、封建的な社会制度や宗教的権威を批判しました。ジョン・ロック、モンテスキュー、ルソーなど、多くの思想家が啓蒙主義を代表する人物として挙げられます。

啓蒙主義において、寛容は重要な概念の一つです。啓蒙主義思想家たちは、宗教的迫害や言論弾圧を批判し、信教の自由や思想の自由を擁護しました。彼らは、多様な意見や信仰を認めることが、社会の発展と個人の幸福につながると考えていました。

イギリスにおける宗教的寛容の状況

ヴォルテールは、1726年から1729年にかけてイギリスに亡命していました。イギリスでは、フランスと異なり、すでに一定程度の宗教的寛容が実現していました。名誉革命以降、立憲君主制と議会政治が確立し、言論の自由や出版の自由も認められていました。

ヴォルテールは、イギリス滞在中にイギリスの政治体制や社会制度を目の当たりにし、フランスとの違いに大きな衝撃を受けました。彼は、イギリスにおける宗教的寛容と自由な言論空間を高く評価し、フランスにもイギリスのような社会を実現したいと考えるようになりました。イギリスでの経験は、ヴォルテールの啓蒙思想と寛容思想に大きな影響を与えています。

自然宗教と理神論

自然宗教は、啓蒙主義時代に広く支持された宗教観で、特定の宗教や教義に依拠せず、人間の理性によって神の存在や道徳法則を認識できるとする考え方です。理神論は、自然宗教の一種で、神は宇宙を創造した後は世界に介入しないと考える立場です。

ヴォルテールは、自然宗教と理神論を支持し、キリスト教などの伝統的な宗教における教義や儀式を批判しました。彼は、理性に基づいた普遍的な宗教こそが、真の宗教であり、宗教的対立を克服する道であると考えていました。

「寛容論」の内容と構成

「寛容論」は、1763年にヴォルテールによって発表された著作で、宗教的寛容の必要性を訴えるものです。この著作は、ジャン・カラス事件をきっかけに執筆され、宗教的偏見と不寛容が社会にもたらす弊害を鋭く批判しています。

「寛容論」は、歴史的な事例や哲学的な議論を交えながら、宗教的寛容の重要性を論じています。ヴォルテールは、異なる宗教間の対立や迫害の歴史を振り返り、宗教的寛容こそが平和で安定した社会を実現するための鍵であると主張しています。また、彼は、人間の理性と良心に基づいた倫理観を重視し、宗教的な教義や儀式よりも、普遍的な道徳 principles を大切にするべきだと訴えています。

「寛容論」は、啓蒙主義思想を代表する著作の一つであり、近代社会における宗教的寛容の考え方に大きな影響を与えました。

これらの背景知識を理解することで、ヴォルテールの「寛容論」が持つ歴史的意義や思想的な深みをより深く理解することができます。

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