ヴォルテールのカンディードを深く理解するための背景知識
ヴォルテールの生涯と思想
フランソワ=マリー・アルエ、通称ヴォルテール(1694-1778)は、フランス啓蒙主義を代表する思想家、作家、哲学者です。パリの裕福な家庭に生まれ、イエズス会の学校で古典教育を受けました。若い頃から機知に富み、風刺的な詩や劇作で名を馳せましたが、権力者への批判的な言動によって投獄や国外追放を経験しました。イギリス亡命時代(1726-1729)には、ニュートンやロックなど、経験主義や自由主義の思想に触れ、フランスの絶対王政やカトリック教会の権威主義に対する批判を強めました。
その後、ヴォルテールはプロイセンのフリードリヒ大王の宮廷に招かれましたが、思想的な対立から3年で離れます。晩年はスイスのフェルネー城に居を構え、旺盛な執筆活動を続けました。彼の思想は、理性と経験に基づく合理主義、自由と寛容、人権の尊重、宗教的迷信への批判などを特徴とし、フランス革命にも大きな影響を与えました。代表作には、『カンディード』のほか、『哲学書簡』『ルイ14世の時代』『トレランス論』などがあります。
18世紀ヨーロッパの社会と文化
『カンディード』が書かれた18世紀ヨーロッパは、大きな社会変動と知的興奮の時代でした。科学革命によってニュートン力学が確立し、啓蒙主義の思想が広がり、人々は理性と経験に基づいて世界を理解しようとしました。一方で、絶対王政による政治的抑圧、宗教的な不寛容、貧富の格差、戦争や自然災害など、社会には多くの問題が存在しました。
### 『カンディード』の執筆背景 – ライプニッツの楽観主義批判 –
『カンディード』は、ドイツの哲学者ライプニッツの「予定調和説」を風刺した作品です。ライプニッツは、神がこの世界を可能な限り最善のものとして創造したと主張し、「現存する世界は、あらゆる可能な世界の中で最善のものである」としました。この楽観的な世界観は、当時のヨーロッパ知識人の間で広く支持されていました。
しかし、ヴォルテールはリスボン地震(1755年)などの現実の悲劇を目の当たりにし、ライプニッツの楽観主義に疑問を抱きます。『カンディード』は、主人公カンディードが楽観主義の師パン glossに教えられた「すべては最善である」という考えに固執しながら、世界各地で様々な苦難を経験する物語です。戦争、奴隷制、宗教裁判、病気、自然災害など、カンディードは人間の悪意と世界の不条理に直面し、楽観主義の欺瞞を暴き出していきます。
### 『カンディード』の文体と特徴
『カンディード』は、picaresque novel(ピカレスク小説)と呼ばれるジャンルの作品です。ピカレスク小説は、主人公が社会の下層出身で、様々な遍歴をしながら悪事を働いたり、権力者や悪徳商人に騙されたりする物語です。スペインの『ラサリーリョ・デ・トルメス』がpicaresque novelの起源とされています。
『カンディード』は、テンポの速い展開、風刺的なユーモア、誇張された描写、意外な出来事の連続など、picaresque novelの特徴を備えています。また、ヴォルテールは簡潔で明瞭な文体で物語を描き、読者が容易に理解できるように工夫しています。
### 『カンディード』の解釈と影響
『カンディード』は、単なる楽観主義批判にとどまらず、人間の愚かさや社会の不条理、宗教的迷信、戦争の悲惨さなど、様々なテーマを扱っています。ヴォルテールは、楽観主義や盲目的な信仰を否定する一方で、人間の理性と行動の重要性を強調しています。
作中でカンディードが最後にたどり着く「自分の庭を耕す」という結論は、現実を受け入れ、自分の手で幸福を追求することの重要性を示唆しています。
『カンディード』は、出版当時から大きな反響を呼び、多くの言語に翻訳されました。現代においても、人間の condizione humaine(人間の状況)を描いた普遍的な作品として、広く読まれ続けています。
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読書意欲が高いうちに読むと理解度が高まります。