ロックの人間知性論の発想
ロックの認識論:経験論の立場
ジョン・ロックは、17世紀イギリス経験論の代表的な哲学者であり、主著『人間知性論』において、人間のあらゆる知識の起源と限界を経験に基づいて説明しようと試みました。これは、当時のヨーロッパ思想界において支配的であった、理性によって生得的な観念や原理の存在を主張するデカルトに代表される合理主義への批判的な立場から出発しています。
白紙状態の心の概念
ロックは、『人間知性論』の冒頭において、「生得的な観念」というものを否定し、人間は生まれたときには白紙状態の心(タブラ・ラサ)を持っており、そこに経験を通して知識が刻まれていくと主張します。これは、我々の知識はすべて経験に由来するものであり、理性のみによって獲得されるものではないことを示唆しています。
感覚と反省:知識の二つの源泉
では、経験を通してどのようにして知識が形成されていくのでしょうか。ロックは、知識の源泉として「感覚」と「反省」の二つを挙げます。
まず、「感覚」とは、外部の世界から五感を通して心の中に単純観念を取り込む働きを指します。例えば、赤いリンゴを見たとき、その色、形、大きさは、視覚を通して心の中に「赤」、「丸い」、「大きい」といった単純観念として形成されます。
次に、「反省」とは、心自身の働き、すなわち、思考、疑い、推理、意志などの内的経験を指します。心は、感覚を通して得られた単純観念を素材として、それらを比較したり、組み合わせたり、抽象化したりすることで、より複雑な観念を形成していきます。
単純観念と複合観念
ロックは、心の中に形成される観念を「単純観念」と「複合観念」の二つに分類します。
「単純観念」とは、感覚や反省を通して直接的に得られる、それ以上分解できない要素的な観念を指します。例えば、「赤」、「甘さ」、「硬さ」といった感覚的性質や、「思考」、「喜び」、「悲しみ」といった心的状態などが挙げられます。
一方、「複合観念」とは、複数の単純観念が組み合わさって形成される、より複雑な観念を指します。例えば、「リンゴ」という複合観念は、「赤」、「丸い」、「甘い」といった複数の単純観念が組み合わさって形成されます。
観念の連合:知識形成のメカニズム
では、単純観念から複合観念はどのようにして形成されるのでしょうか。ロックは、そのメカニズムとして「観念の連合」を挙げます。これは、ある観念が、時間的または空間的に近い関係にある別の観念を想起させるという心の働きです。
例えば、私たちは、「雷」という音を聞くと、同時に「稲妻」を思い浮かべます。これは、雷と稲妻が、時間的・空間的に非常に近い関係で経験されるため、心の作用によって両者が結び付けられるからです。
知識の限界:経験の範囲を超えられない
ロックは、人間の知識はすべて経験に由来すると主張する一方で、その限界についても明確にしています。彼は、我々が認識できるのは、あくまでも心の中にある観念であり、外界の実在そのものを直接認識することはできないと主張します。
また、人間の経験は限られており、すべてのものを経験することは不可能です。したがって、人間の知識もまた、経験の範囲内に限定されることになります.