ルソーの告白の表象
表象:自己と他者
「告白」において、ルソーは自らをありのまま、隠すことなく描写しようと試みます。彼は自身の内面、特に性衝動、盗癖、虚栄心といった社会的に非難されやすい側面も赤裸々に綴ります。これは、当時の文学の慣習、とりわけ自伝的要素を含む作品においても、作者を理想化したり、美化したりするのが一般的であったことを考えると、極めて革新的な試みでした。
ルソーは自己表象を通じて、自身の罪や弱さを告白する一方で、それらを正直に表現すること自体に一種の道徳的優位性を見出そうとしています。彼は、偽善的な社会の中で、真実を語ること、ありのままの自分をさらけ出すことこそが重要だと主張します。
しかし、ルソーの自己表象は、必ずしも客観的な事実を反映しているとは限りません。彼は自身の記憶や感情に頼って執筆しており、そこには歪みや誇張が含まれている可能性も否定できません。例えば、彼が「告白」の中で語る幼少期の体験や、女性関係における出来事などは、彼の主観的な解釈が多分に含まれていると考えられます。
さらに、ルソーは自身の行為を正当化するために、周囲の人々を悪者として描くことがあります。彼は自身の不幸や失敗の原因を、他者の陰謀や裏切りに帰する傾向があり、その結果、他者の描写はステレオタイプ化されがちです。
表象:記憶と時間
「告白」は、ルソーの幼少期から青年期までの体験を時系列順に辿る形式をとっていますが、そこには単純な時間軸を超えた複雑な構造が存在します。ルソーは過去の出来事を回想する際、現在の視点から解釈を加えたり、後の出来事と関連付けたりすることで、多層的な時間の流れを作り出しています。
例えば、彼は幼少期の些細な出来事と、後年の自身の性格や行動を結びつけ、運命的な意味を見出そうとします。また、過去の出来事を回想する際、その時の感情を追体験したり、当時の状況を詳細に描写することで、読者を自身の記憶世界に引き込もうとします。
しかし、ルソーの記憶は、必ずしも正確なものとは限りません。彼は自身の記憶を美化したり、都合の良いように解釈したりしている可能性があります。また、「告白」は執筆に長い年月を費やしており、その間にルソーの心境や記憶に変化が生じている可能性もあります。
このように、「告白」における時間と記憶は、主観的な要素が強く、断片化された形で提示されます。読者は、ルソーの記憶の迷宮を辿りながら、彼の人間像や作品世界を構築していくことになります。