ルソーのエミールを読む前に
ルソーの生涯と時代背景を知る
「エミール」をより深く理解するためには、作者であるジャン=ジャック・ルソーの生涯や当時の時代背景を押さえておくことが重要です。ルソーは18世紀フランス啓蒙時代の哲学者・作家であり、その思想は政治、教育、文学など多岐にわたります。彼の生きた時代は、フランス革命や産業革命前夜という激動の時代であり、社会構造や価値観が大きく変容しつつありました。
ルソーは、従来の権威主義や社会制度を批判し、人間の自然な状態、つまり文明に染まる前の純粋な状態を理想としました。彼は、人間は生まれながらにして善であり、社会によって堕落させられると考えたのです。この「性善説」は、「エミール」を含む彼の著作全体を貫く重要な思想であり、彼の教育論の根幹をなしています。
「社会契約論」などの主要著作に触れる
「エミール」はルソーの教育論を体系的に展開した書ですが、彼の他の著作、特に「社会契約論」との関連性を理解することも重要です。
「社会契約論」でルソーは、個人の自由と社会秩序の両立をテーマに、理想的な国家のあり方を論じています。彼は、個人が生まれながらに持っている自由を、社会全体に譲り渡すことで、真の自由と平等が実現すると主張しました。「一般意志」という概念に基づき、個々の利害を超えた共通の善を追求することの重要性を説いています。
「エミール」は、こうしたルソーの社会思想を背景に、理想的な市民を育成するための教育論を展開した作品として位置づけることができます。彼の教育論は、単なる知識や技能の習得を目指すのではなく、自然と調和した自由な人間を育てることを目的としています。
18世紀の教育観や当時の小説を知る
「エミール」が書かれた18世紀は、それまでの宗教中心の教育観から、理性や経験を重視する啓蒙主義的な教育観への転換期にありました。ルソーの教育論も、こうした時代の流れの中で生まれました。
しかし、ルソーは他の啓蒙主義者とは一線を画していました。彼は、理性だけでなく、感性や情緒を育むことの重要性を説き、自然の中で子供を自由に遊ばせることを重視しました。これは、当時の形式的な教育を批判し、子供の自主性を尊重する新しい教育観の提唱でした。
また、「エミール」は、当時の流行であった教養小説の形式を借りて書かれています。教養小説とは、主人公の成長を通して、当時の社会問題や思想を描き出す小説の形式です。「エミール」も、架空の少年エミールの成長を描きながら、ルソー自身の教育思想や社会批判を展開しています。