## ルカーチの歴史と階級意識の思索
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序論
ハンガリー出身の哲学者・文芸批評家であるゲオルク・ルカーチの主著『歴史と階級意識』(1923) は、マルクス主義の思想史において重要な位置を占める作品です。本書は、第一次世界大戦後の革命運動の高揚と挫折、そしてロシア革命の成功と挫折という歴史的文脈の中で執筆されました。ルカーチは、この作品において、マルクス主義の理論を批判的に継承しつつ、当時の社会状況を分析し、プロレタリアートの革命的実践の可能性を模索しました。
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物象化と階級意識
ルカーチは、マルクスの『経済学批判』における「物象化」の概念を基軸に、資本主義社会における人間の疎外を分析しました。ルカーチによれば、資本主義社会においては、労働の生産物が商品となり、労働者自身の労働さえも商品として扱われるようになります。その結果、人間は自らの労働の産物である商品に支配され、人間関係もまた商品的な関係へと変質していくことになります。
ルカーチは、この物象化の過程が、人間の意識にも影響を与えると考えました。資本主義社会においては、物象化された思考様式が支配的となり、人間は社会関係を客観的な法則によって規定されたものと見なすようになります。ルカーチは、この物象化された意識を「ブルジョア意識」と呼び、プロレタリアートの階級意識の対極に位置づけました。
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プロレタリアートの使命
ルカーチは、プロレタリアートこそが、物象化された資本主義社会を克服し、真に人間的な社会を実現する主体であると考えました。なぜなら、プロレタリアートは、資本主義社会の矛盾を最も先鋭に体現する存在であり、物象化の過程を最も直接的に経験しているからでした。
ルカーチは、プロレタリアートの階級意識が、単なる経済的な利害に基づくものではなく、社会全体の解放を目指す「 imputed class consciousness」(帰属意識)であることを強調しました。プロレタリアートは、自らの解放のために闘うことによって、社会全体を物象化の呪縛から解放することができるというわけです。
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方法としての弁証法
ルカーチは、歴史と社会を分析するための方法として、ヘーゲルの弁証法を高く評価しました。ルカーチによれば、弁証法は、物事を静的なものではなく、絶えず変化・発展するものとして捉えることを可能にする思考方法です。
ルカーチは、弁証法を用いることによって、資本主義社会における矛盾を明らかにし、プロレタリアートの革命的実践の可能性を展望しようとしました。ルカーチの弁証法は、単なる理論的な方法論ではなく、社会変革を目指す実践と不可分に結びついたものでした。
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影響と批判
『歴史と階級意識』は、出版当初は大きな反響を呼びませんでした。しかし、1960年代以降、西欧を中心に再評価が進み、マルクス主義思想や社会学、文学理論などに大きな影響を与えました。
一方で、ルカーチの思想に対しては、さまざまな批判も寄せられています。例えば、ルカーチのプロレタリアート中心主義や、弁証法の解釈などが問題視されてきました。