ラートブルフの法哲学が扱う社会問題
ナチス時代の経験と法の相対性
グスタフ・ラートブルフは、ワイマール共和国期の著名な法学者でしたが、ナチス政権によってユダヤ系であることを理由に職を追われました。この経験は、彼の法哲学に大きな影響を与え、特に法の相対性と法の価値の葛藤という問題に深く向き合うことになりました。
法の相対性と法実証主義への批判
ラートブルフは、ナチス時代の経験から、法は時代や社会状況によって大きく変化する相対的なものであることを痛感しました。彼は、当時の支配的な法思想であった法実証主義、すなわち「法は制定されたものである」という考え方を批判しました。法実証主義は、法の内容よりも、それが適切な手続きを経て制定されたかどうかを重視しますが、ラートブルフは、このような形式的な法の捉え方が、ナチスのような不正義な政権を生み出す危険性を孕んでいると考えたのです。
法の価値の葛藤:法の安定性と正義
ラートブルフは、法には「法の安定性」「法の目的適合性」「法の正義」という三つの価値があるとしました。しかし、現実にはこれらの価値はしばしば衝突し、どれを優先すべきか、明確な答えが出せない場合があります。例えば、法の安定性を重視すれば、たとえ不正義な法律であっても、それが長期間にわたって運用されてきた場合には、改正することが難しくなります。一方、法の正義を重視すれば、たとえ社会に混乱が生じる可能性があったとしても、不正義な法律は速やかに改正されるべきです。
超法的な法理:不法な法律への抵抗
では、このような法の価値の葛藤に直面した場合、どのように解決すれば良いのでしょうか。ラートブルフは、法の根底には「法の理念」という、時代や社会状況を超えた普遍的な価値基準が存在すると考えました。そして、制定された法律が、この「法の理念」に明らかに反する場合、すなわち「耐え難い不正義」をもたらすような場合には、その法律はもはや法としての効力を持ちえず、国民はそれに抵抗する権利を持つと主張しました。これは、「超法的な法理」と呼ばれる考え方であり、法実証主義を超えて、法の正義を追求しようとするラートブルフの法哲学の核心をなすものです。