# ラッセルの数理哲学序説を深く理解するための背景知識
1. 数学基礎論危機と論理主義
19世紀末から20世紀初頭にかけて、数学界は深刻な危機に直面していました。それは、数学の基礎となる集合論に矛盾が発見されたことから始まります。代表的な例としては、ラッセル自身が見つけた「ラッセルのパラドックス」があります。これは、「自分自身を含まない集合全体の集合」を考えると、それが自分自身を含むか含まないかのいずれの場合にも矛盾が生じるというものです。
このような矛盾は、数学全体の確実性を揺るがすものでした。数学は絶対的な真理を扱う学問であると考えられていたため、その基礎に矛盾が存在することは看過できない問題でした。この危機を克服するために、数学の基礎をより確かなものにする試みがなされ、その中で生まれたのが数学基礎論という分野です。
数学基礎論は、大きく分けて三つの立場に分類されます。
* **論理主義**: 数学は論理学に還元できるとする立場です。フレーゲやラッセルがこの立場を代表します。
* **直観主義**: 数学的対象は人間の直観によって構成されるとする立場です。ブラウワーがこの立場を代表します。
* **形式主義**: 数学は記号の操作規則であるとする立場です。ヒルベルトがこの立場を代表します。
ラッセルは、フレーゲとともに論理主義の立場から数学の基礎づけに取り組みました。彼らは、数学の概念はすべて論理学の概念によって定義でき、数学の定理はすべて論理学の公理から証明できると考えました。「数理哲学序説」は、ラッセルの論理主義に基づく数学の基礎づけの試みを解説した書物です。
2. フレーゲの論理学と概念記法
ラッセルの論理主義は、フレーゲの論理学の影響を強く受けています。フレーゲは、従来のアリストテレス論理学を拡張し、量化記号や述語記号などを導入することで、より強力な論理体系を構築しました。このフレーゲの論理体系は、現代の記号論理学の基礎となっています。
フレーゲはまた、「概念記法」と呼ばれる独自の論理記号体系を考案しました。これは、論理的な推論を厳密に行うための記号体系であり、数学の定理を論理学の公理から証明するというラッセルの試みに大きな影響を与えました。
3. 集合論と型の理論
ラッセルのパラドックスは、素朴な集合論に矛盾が存在することを示しました。素朴な集合論では、任意の性質に対して、その性質を満たす要素からなる集合を作ることができると考えられていました。しかし、ラッセルのパラドックスは、この考え方が矛盾を導くことを示したのです。
ラッセルはこのパラドックスを解決するために、「型の理論」と呼ばれる理論を提唱しました。型の理論では、集合には階層があり、ある集合はその集合よりも低い階層の集合しか要素として持つことができないとされます。これによって、自分自身を含むような集合は構成できなくなり、ラッセルのパラドックスは回避されます。
「数理哲学序説」では、この型の理論に基づいて、数やその他の数学的概念が論理学の概念を用いて定義されています。例えば、数は集合の集合として定義されます。
4. 記述理論と不完全記号
ラッセルは、「記述理論」と呼ばれる理論を提唱しました。これは、「フランス国王は禿げている」のような文が、実際にはフランス国王が存在しない場合でも意味を持つことを説明するための理論です。
記述理論では、「フランス国王」のような記述句は、それを満たす唯一の対象が存在する場合にのみ意味を持ち、それ以外の場合は意味を持たないとされます。また、記述句は「不完全記号」であり、文脈の中で初めて意味を持つと考えられます。
記述理論は、「数理哲学序説」において、数学的概念の定義や数学的定理の証明において重要な役割を果たしています。
5. 論理的原子論
ラッセルは、世界は論理的に独立した「原子的事実」から構成されているとする「論理的原子論」という哲学的立場を提唱しました。原子的事実とは、「ソクラテスは人間である」のような単純な事実のことです。
論理的原子論は、「数理哲学序説」の哲学的な背景となっています。ラッセルは、数学の基礎づけだけでなく、世界の構造についても論理学的な分析を試みていました。
上記は、「数理哲学序説」を深く理解するために必要な背景知識の一部です。これらの知識を踏まえることで、「数理哲学序説」の内容をより深く理解することができます。
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読書意欲が高いうちに読むと理解度が高まります。