## ラシーヌのフェードルの表現
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古典主義の美学に基づいた表現
ラシーヌの『フェードル』は、17世紀フランス古典主義演劇の傑作とされ、その表現は古典主義の美学を体現しています。
#### 三単一則の遵守
アリストテレスの『詩学』に基づく三単一則(時間の単一性、場所の単一性、筋の単一性)を厳格に守っています。 作品の時間軸は半日足らずに収まり、舞台は最初から最後までトロイゼーヌの宮殿の中だけであり、筋はフェードルの禁断の恋とその破滅のみを描いています。 これにより、劇的な集中力と緊張感が高まり、観客は登場人物の心理に深く入り込むことができます。
#### 高貴な文体と韻文詩
登場人物の身分や場面の格調にふさわしい高貴で洗練された文体が用いられています。 アレクサンドラン(12音節を基本とするフランスの韻律詩形)による韻文詩が採用されており、その格調高い美しさは、登場人物たちの高貴な身分や作品全体の悲劇性をより際立たせています。
#### デュコルムの美学
古典主義演劇における礼節や品位を重んじるデュコルムの美学に従い、舞台上での暴力的な描写や過剰な情動表現は抑制されています。 禁断の恋や嫉妬、憎悪といった激しい感情は、登場人物の台詞や独白を通して間接的に表現されることで、観客は登場人物の心の葛藤をより深く理解することができます。
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心理描写の深さ
ラシーヌの『フェードル』は、登場人物たちの心理描写の深さが特徴です。
#### 独白による内面の吐露
フェードルを初めとする登場人物たちは、頻繁に独白を行います。 独白は登場人物の心の声であり、彼らの葛藤や苦悩、秘めた想いを観客に直接伝えます。 特に、フェードルが継息子イッポリートへの禁断の恋に苦悩する様は、彼女の独白を通して鮮やかに描き出されています。
#### 相反する感情の表現
登場人物たちは、愛と義務、理性と情熱、罪悪感と自己弁護など、相反する感情の間で揺れ動きます。 フェードルは、継息子への禁断の愛と、王妃としての立場や倫理観との間で苦悩し、イッポリートは、フェードルの愛に困惑しながらも、父テーセウスへの忠誠心との間で葛藤します。 これらの複雑な心理描写は、古典主義の抑制された表現の中でこそ際立ちます。
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ギリシャ悲劇の影響
『フェードル』は、エウリピデスのギリシャ悲劇『ヒッポリュトス』を基にしており、その影響は随所にみられます。
#### 運命に翻弄される登場人物たち
ギリシャ悲劇の重要な要素である「運命」は、『フェードル』においても重要な役割を果たしています。 登場人物たちは、自らの意志や努力では抗うことのできない運命の力によって翻弄され、悲劇的な結末へと導かれます。
#### 神々の介入
ギリシャ悲劇では、神々がしばしば物語に介入し、登場人物たちの運命を左右します。 『フェードル』においても、愛と美の女神アフロディーテの怒りが、フェードルの悲劇のきっかけとなっています。 神々の存在は、登場人物たちの運命の不可避性を強調する役割を担っています。