## ラシーヌのフェードルの比喩表現
### 比喩表現が彩る悲劇のヒロインの苦悩
ラシーヌの傑作「フェードル」は、その洗練された韻文と、禁断の愛に苦しむ登場人物たちの心理描写で知られています。特に、主人公フェードルの揺れ動く心情を表現するために用いられる比喩表現は、彼女の悲劇性をより際立たせる重要な役割を担っています。
### 愛の炎、理性の光と影の対比
フェードルの義理の息子ヒッポリュトスへの禁断の愛は、彼女自身を焼き尽くす「炎」として描かれます。
> **「この燃え盛る炎を私はどうすればいいの?」**(I. iii. 273)
この炎の比喩は、彼女自身の理性では制御できない激しい情熱を象徴しており、同時に彼女を破滅へと導く予兆ともなっています。
一方、ヒッポリュトスに対するフェードルの愛を拒絶する理性は、「光」として対比的に表現されます。
> **「あなたは私を照らす光、あなたは私の内なる恐怖…」(**I. iii. 276)
しかし、この「光」は彼女の愛の炎を消すことができず、むしろその光によって自分の罪深さをより強く意識させられる苦しみをもたらします。
### 逃れられない運命を暗示する海のイメージ
作中には、嵐や荒れ狂う海といった自然現象を比喩的に用いることで、フェードルの逃れられない運命や、彼女を取り巻く不安定な状況を表している箇所が随所に見られます。
> **「私は嵐に翻弄される船のように、今にも壊れそうだわ。」**(I. iii. 174-175)
この海のイメージは、彼女の愛の激しさだけでなく、抗うことのできない運命の力、そして彼女自身の無力さを暗示しています。
### 病の比喩:愛と狂気のはざま
フェードルは自身の愛を「病」として表現することで、その異常さ、そして自責の念を表しています。
> **「私の狂気は、もはや隠しきれるものではありません。」**(I. iii. 183)
愛を「病」と捉えることは、当時の文学においては一般的な表現でしたが、ラシーヌはフェードルの台詞を通して、単なる恋愛感情を超えた、彼女自身を蝕む狂気にも近い愛の病を描き出しています。
### 比喩表現が織りなす心理描写の妙
このように、ラシーヌはフェードルの心情を表現するために、炎、光、海、病など、様々な比喩表現を効果的に用いています。 これらの比喩表現は、彼女の苦悩、葛藤、そして破滅へと向かう運命をより鮮明に浮かび上がらせ、読者により深く感情移入することを促していると言えるでしょう。