## ラシーヌのアンドロマックを深く理解するための背景知識
アンドロマックの典拠となったギリシャ神話とトロイア戦争
ギリシャ悲劇の傑作であるラシーヌの「アンドロマック」は、ホメロスによる叙事詩「イリアス」やウェルギリウスによる叙事詩「アエネーイス」などに描かれた、ギリシャ神話とトロイア戦争を題材としています。
トロイア戦争は、トロイアの王子パリスがスパルタの王妃ヘレネーを連れ去ったことをきっかけに、ギリシャ軍がトロイアに攻め込んだ10年にわたる戦争です。アキレウスやヘクトルといった英雄たちが活躍する一方、多くの悲劇を生み出した戦争としても知られています。
トロイア戦争の終結後、トロイアの王子ヘクトルの妻アンドロマックは、ギリシャの武将ネオプトレモス(アキレウスの息子)の捕虜となり、息子アステュアナクスと共にエピロスへと連れて行かれます。ラシーヌの戯曲「アンドロマック」は、まさにこのトロイア戦争終結後のギリシャを舞台に、アンドロマック、ネオプトレモス、そして彼らをめぐる他の登場人物たちの愛憎劇を描いたものです。
17世紀フランス古典主義とラシーヌの悲劇
ラシーヌは、17世紀フランス古典主義を代表する劇作家の一人です。フランス古典主義は、古代ギリシャ・ローマの文化や芸術を規範とし、理性、秩序、調和を重視する芸術運動でした。演劇においては、三単一の法則(時間の単一、場所の単一、筋の単一)や、高尚な文体、教訓的な内容などが求められました。
ラシーヌの悲劇は、これらの古典主義の規範を厳格に守ると同時に、人間の情念、特に愛の葛藤を深く掘り下げ、登場人物たちの心理描写に優れたリアリティを与えています。「アンドロマック」においても、アンドロマックの亡き夫への忠誠心と息子への愛情、ネオプトレモスのアンドロマックへの激しい恋情、そしてギリシャ王女エルミオーヌのネオプトレモスへの愛と嫉妬などが複雑に絡み合い、悲劇的な結末へと向かっていきます。
当時のフランス社会と宮廷文化の影響
ラシーヌの作品は、当時のフランス社会や宮廷文化の影響も色濃く反映しています。絶対王政下のフランスでは、宮廷における権力闘争や恋愛沙汰が日常茶飯事であり、ラシーヌの悲劇は、登場人物たちの愛憎劇を通して、宮廷社会における人間の欲望や権力、道徳などの問題を描き出しています。
「アンドロマック」においても、登場人物たちは、愛や復讐心だけでなく、政治的な思惑や権力争いにも巻き込まれていきます。例えば、ネオプトレモスは、アンドロマックとの結婚を通じてギリシャにおける自らの権力基盤を強化しようとします。また、ギリシャ王女エルミオーヌは、ネオプトレモスへの愛とプライドのために、アンドロマックへの復讐を企てます。
これらの要素は、当時のフランス宮廷における権力闘争や恋愛模様を彷彿とさせ、観客たちは、登場人物たちの運命を通して、自分たちの生きる社会や人間の本質について考えさせられることになります。
アンドロマックにおける登場人物たちの心理描写と葛藤
ラシーヌの「アンドロマック」は、登場人物たちの心理描写の深さと、彼らが抱える葛藤の激しさによって、高い評価を得ています。
アンドロマックは、亡き夫ヘクトルへの忠誠心と息子アステュアナクスの命を守るための母性愛の間で葛藤します。ネオプトレモスは、アンドロマックへの激しい恋情と、ギリシャにおける自らの立場を守るための政治的思惑の間で揺れ動きます。エルミオーヌは、ネオプトレモスへの愛と嫉妬、そしてプライドを守るための復讐心の間で苦悩します。
これらの登場人物たちの複雑な心理状態や葛藤は、ラシーヌの巧みな筆致によって、繊細かつリアルに描かれており、観客は、彼らの苦悩や悲劇に深く共感することになります。
アンドロマックにおける運命と自由意志のテーマ
「アンドロマック」では、運命と自由意志というテーマも重要な要素となっています。登場人物たちは、トロイア戦争という大きな歴史的出来事によって運命づけられた境遇に置かれています。しかし、その中で、彼らはそれぞれ自分の意志に基づいて行動し、選択を迫られます。
アンドロマックは、ネオプトレモスとの結婚を迫られ、息子の命と自らの貞節の間で選択を迫られます。ネオプトレモスは、アンドロマックへの愛とギリシャにおける自らの立場の間で選択を迫られます。エルミオーヌは、ネオプトレモスへの愛と復讐心の間で選択を迫られます。
これらの選択は、彼らの運命を大きく左右し、悲劇的な結末へとつながっていきます。「アンドロマック」は、人間の自由意志と、それを制限する運命の力、そしてその狭間で苦悩する人間の姿を描き出した作品と言えるでしょう。
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