## ラシーヌのアンドロマックが扱う社会問題
###
戦争の悲劇
「アンドロマック」はトロイア戦争の直後を舞台とし、戦争がもたらす悲劇を色濃く描き出しています。戦争は、単に国家間の争いであるだけでなく、個人の運命を大きく狂わせるものであり、愛する者を奪い、憎しみと復讐の連鎖を生み出す元凶として描かれています。劇の主人公であるアンドロマックは、夫であるヘクトルをギリシャ軍に殺され、幼い息子アステュアナクスもその命を狙われるという悲劇に見舞われます。彼女は故郷を破壊され、愛する家族を失い、ギリシャの将軍ピュロスによって捕虜として囚われの身となるのです。アンドロマックの姿は、戦争の直接的な被害者としての女性の苦しみを象徴的に表しています。
###
義務と欲望の対立
登場人物たちは、それぞれの立場や状況によって、愛、復讐、名誉、義務などの間で葛藤します。例えば、ギリシャの将軍ピュロスは、アンドロマックに恋心を抱きながらも、彼女の息子アステュアナクスを殺害するよう政治的な圧力を受けています。彼は、個人的な欲望と政治的な義務との間で苦悩し、最終的に悲劇的な結末を迎えることになります。また、ギリシャ王女エルミオーヌも、ピュロスに愛されたいという一途な思いと、彼の心がアンドロマックにあるという現実との間で苦しみ、嫉妬に駆られます。
###
復讐と赦しのジレンマ
ギリシャとトロイアの対立は、単なる国家間の争いではなく、世代を超えた憎しみの連鎖を生み出しています。ギリシャ側は、トロイア戦争の英雄アキレウスの息子であるピュロスに、トロイアの王子アステュアナクスを殺害するように要求します。これは、未来の復讐を阻止するための行為として正当化されます。しかし、このような復讐の連鎖は、さらなる憎しみと悲劇を生み出すだけであり、真の解決には至らないことを示唆しています。アンドロマックは、息子を守るためにピュロスに懇願しますが、同時に、彼に対する憎しみと、ギリシャへの復讐心も抱えています。彼女の苦悩は、復讐と赦しの間で揺れ動く人間の心の複雑さを浮き彫りにしています。