## ヤスパースの理性と実存の感性
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ヤスパースにおける「感性」の位置づけ
ヤスパースにおいて「感性」は、一般的に理解されているような五感を指す言葉ではなく、より広範な意味合いを持つ言葉として用いられています。彼は、理性では捉えきれない、人間の根源的な実存に触れるための重要な要素として「感性」を位置づけています。
ヤスパースは、人間存在を「実存」と「現存在」の二重構造として捉えています。「現存在」とは、客観的な世界の中で認識可能な、生物学的な存在としての側面を指します。一方、「実存」とは、個々人が世界の中で唯一無二の存在として、自由と責任を伴いながら、有限性を自覚する存在のあり方を指します。
理性は、客観的な世界を認識し、分析する上で有効な手段となります。しかし、実存、つまり、世界の中で唯一無二の存在として、有限性を自覚しながら生きるという、人間の根源的なあり方を理解するためには、理性だけでは不十分です。なぜなら、実存は、客観的な認識の対象となるような、固定したものではなく、絶えず変化し続ける、流動的なものだからです。
そこで重要となるのが「感性」です。ヤスパースは、「感性」を通して、理性では捉えきれない、実存の深淵に触れることができると考えました。彼は、「限界状況」という概念を用いて、このことを説明しています。
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限界状況と感性
「限界状況」とは、死、苦悩、闘争、罪など、人間存在の有限性を突き付けるような、極限的な経験を指します。このような状況に直面したとき、私たちは、それまでの価値観や思考様式では対処できない、深い絶望や不安に襲われます。
しかし、同時に、このような限界状況においてこそ、私たちは、理性的な認識を超えた、実存の深淵に触れることが可能となります。そして、この実存の深淵に触れることを可能にするのが「感性」です。
限界状況において、私たちは、理性では説明できない、深い絶望や不安、そして、生の有限性に対する自覚に直面します。このような経験は、私たちを既存の価値観や思考様式から解き放ち、世界に対する新たな見方を獲得する契機となります。
ヤスパースは、この限界状況における「感性」の働きを「超越」という言葉で表現しています。「超越」とは、神や絶対的な真理といった、具体的な存在を指すものではありません。それは、限界状況における実存の深淵に触れることを通して、私たちが、それまでの自己を超え、より根源的な自己へと開かれていく過程を指しています。
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感性とコミュニケーション
ヤスパースは、「感性」が、他者とのコミュニケーションにおいても重要な役割を果たすと考えました。彼は、実存同士の真のコミュニケーションを「実存的交わり」と呼びました。
「実存的交わり」とは、互いの実存を認め合い、尊重し合う関係性を築くことを意味します。しかし、実存は、客観的な認識の対象となるようなものではなく、絶えず変化し続けるものです。そのため、実存同士のコミュニケーションは、常に不完全なものであり、誤解や対立の可能性を孕んでいます。
ヤスパースは、このような実存同士のコミュニケーションにおいても、「感性」が重要な役割を果たすと考えました。「感性」を通して、私たちは、言葉では表現しきれない、相手の心の奥底にある感情や想いに触れることができます。
彼は、「愛」を、「実存的交わり」を実現するための重要な要素として挙げました。「愛」とは、相手の実存をありのままに受け止め、尊重しようとする姿勢のことです。
「感性」を通して相手の心に寄り添い、理解しようと努めることによってのみ、「実存的交わり」は可能となるのです。