## ヤスパースの理性と実存と人間
ヤスパースにおける理性と実存
カール・ヤスパース(1883-1969)は、20世紀のドイツを代表する哲学者の一人であり、実存主義的傾向を持つ思想家として知られています。彼は、伝統的な形而上学を批判し、人間の存在を「実存」という概念を用いて捉え直そうとしました。ヤスパースは、理性だけで世界や人間の全体像を捉えることは不可能だと考えました。彼は、理性は世界を客観的に理解するための有効な手段であるが、人間の存在の根源的な問い、例えば「私は誰か」「なぜ生きているのか」といった問いには答えられないと主張しました。
限界状況における実存の覚醒
ヤスパースによれば、人間は「限界状況」と呼ばれる、死や苦しみ、罪、闘争といった、逃れることのできない極限的な状況に直面した時に、自らの有限性や無力性を自覚し、実存を意識せざるを得なくなります。この限界状況において、理性はもはや役に立ちません。なぜなら、理性は客観的な世界の法則性を明らかにするものであり、個別具体的な人間の存在の不安や苦悩を解消するものではないからです。限界状況において人間は、理性では解決できない根本的な問いを突き付けられます。そして、この問いと格闘する中で、人間は「実存」を覚醒させていくのだとヤスパースは考えました。
超越者との交わりにおける実存の自己超越
ヤスパースは、人間は実存を覚醒させることによって、自己を超えた何か、すなわち「超越者」との関係においてのみ、真の意味で自分自身を理解できると考えました。彼は、超越者を「神」や「絶対者」といった言葉で表現することを避け、「包み込むもの」「根源」といった表現を用いました。超越者は、人間が理性的に把握できる対象ではなく、「暗号」として、象徴的にしか捉えることのできない存在です。ヤスパースは、哲学、芸術、宗教といった活動を通して、人間はこの超越者との交わりを経験し、自己を超越していくことができると考えました。
コミュニケーションを通じた実存の開示
ヤスパースは、人間が実存を他者と分かち合い、共に実存を深めていくことの重要性を強調しました。彼は、実存は本質的に孤独なものであると同時に、他者とのコミュニケーションを通して開示され、深められていく側面も持っていると考えたのです。真のコミュニケーションにおいて、人間は互いに心を開き、自分の存在の根源的な部分に触れ合い、共感し合うことができます。ヤスパースは、このような実存的なコミュニケーションを通して、人間は連帯感を育み、より豊かな人生を送ることができると考えました。