## モームの月と六ペンスの批評
### 主人公ストリックランドの性格描写について
モームは、芸術至上主義の画家のみに見られる冷酷さと純粋さを、ストリックランドのキャラクターを通して鮮やかに表現しています。 ストリックランドは、社会的成功や物質的な豊かさには一切興味を示さず、ただひたすら自分の内なるビジョンをキャンバスに描き出すことに没頭します。
彼は、自分の芸術のために周囲の人々を傷つけ、利用することも厭わない、残酷で自己中心的な人物として描かれています。 妻や子供、友人を捨て、貧困や病気に苦しみながらも、絵を描くことを諦めなかったストリックランドの姿は、芸術に憑りつかれた人間の狂気と、その裏にある純粋な創造への欲求を浮き彫りにしています。
一方で、ストリックランドは、社会の規範や道徳から逸脱した存在であると同時に、人間的な弱さや葛藤も抱えた複雑な人物として描かれています。 彼の内面は読者には最後まで読み解くことができず、それがこの作品の大きな魅力の一つとなっています。
### テーマとモチーフ
「月と六ペンス」は、芸術と人生、理想と現実、そして人間の欲望という普遍的なテーマを探求した作品です。 モームは、ストリックランドという極端な例を通して、私たちが生きる現代社会における芸術の価値や、人間の存在意義について鋭く問いかけています。
作中で繰り返し登場する「月」と「六ペンス」は、それぞれ崇高な理想と卑近な現実を象徴しています。 ストリックランドは、月に見立てられた芸術という理想を追い求めるあまり、六ペンスで象徴される日常的な幸福や人間関係を犠牲にしていきます。
また、タヒチの自然描写は、ストリックランドの芸術観や、彼が求めた楽園のイメージと深く結びついています。 文明社会から隔絶された原始的な自然の中で、ストリックランドは真の芸術に到達することができたのでしょうか。 モームは、その答えを読者に委ねることで、作品に深い余韻を残しています。
### 語り手と構成
「月と六ペンス」は、ストリックランドを知る「私」という名の語り手によって語られる、伝記風の構成をとっています。 語り手である「私」は、ストリックランドの奇想天外な行動や言動を客観的に描写しようとしながらも、彼に対する複雑な感情を抱いていることが示唆されます。
語り手自身の視点とストリックランドの視点が交錯することで、読者はこの物語を多角的に捉え、それぞれの解釈を深めていくことができます。 また、事実と虚構が織り交ぜられた語り口は、読者にストリックランドという人物像の謎解きを楽しませる効果も生み出しています。
### 後世への影響
「月と六ペンス」は、発表当初から大きな反響を呼び、今日に至るまで多くの読者に愛され続けています。 芸術と人生の対立、天才の苦悩、人間の欲望といった普遍的なテーマは、時代を超えて人々の心を捉え続けています。
また、ストリックランドのキャラクターは、後の文学や映画、演劇など、様々な作品に影響を与え、「芸術に生きる人」の象徴的なイメージとして定着しました。 「月と六ペンス」は、20世紀初頭のイギリス文学を代表する傑作であると同時に、現代社会における芸術の在り方や人間の生き方を問う、普遍的なテーマを持った作品として、今後も読み継がれていくことでしょう。