モームの人間の絆から学ぶ時代性
モームの描く時代の空気
1903年に出版されたサマセット・モームの「人間の絆」は、ヴィクトリア朝後期からエドワード朝にかけてのイギリスを舞台に、主人公フィリップ・ケアリーの成長と、彼を取り巻く人間模様を描いた作品です。当時の社会は、階級制度、宗教観、道徳観など、現代とは大きく異なる価値観に支配されていました。モームは、鋭い観察眼で時代の空気を捉え、登場人物たちの言動や心理描写を通じて、当時の社会が抱えていた問題や人々の葛藤を浮き彫りにしています。
階級制度の影
作中では、主人公フィリップが、孤児院、寄宿学校、大学、そして社会へと進む中で、様々な階級の人々と関わっていきます。裕福な叔父とその家族、貧しい芸術家、下層階級の労働者など、それぞれの立場の人々の暮らしぶりや考え方を通して、当時のイギリス社会における階級の壁の厚さが浮き彫りになります。フィリップ自身も、生まれながらにして背負った「孤児」というレッテルに苦しみ、社会における自分の居場所を模索し続けることになります。
宗教観の揺らぎ
ヴィクトリア朝時代は、キリスト教信仰が人々の生活の中心にありました。しかし、19世紀後半になると、ダーウィンの進化論やニーチェの思想など、従来の価値観を揺るがす新しい考え方が広まり始めます。フィリップもまた、幼い頃から信仰を強要されたことに疑問を抱き、大学で哲学を学ぶ中で、既存の宗教観に疑問を抱くようになります。彼は、絶対的な神の存在に疑念を抱き、自分自身の力で人生の意味を見出そうと苦悩します。
女性たちの生き方
当時のイギリス社会では、女性は男性に従属的な立場に置かれ、教育や職業の選択など、多くの面で制限を受けていました。作中には、自由を求めて奔放に生きるミルドレッドや、経済的な自立を目指して看護師として働くノラなど、様々な生き方を選択する女性たちが登場します。彼女たちは、当時の社会規範と自身の幸福の間で葛藤し、それぞれの方法で自分の人生を切り開こうとします。
愛と欲望の表現
ヴィクトリア朝時代は、性に対する抑圧が強く、恋愛や結婚においても、社会的な体面や経済的な安定が重視されました。「人間の絆」では、フィリップが様々な女性と出会い、恋に落ちる様子が描かれています。しかし、彼の恋愛は必ずしも順風満帆ではなく、時には社会的な偏見や自身の未熟さから、愛する人との関係を壊してしまうこともあります。モームは、登場人物たちの恋愛模様を通して、当時の社会における愛と欲望の表現の難しさを描き出しています。