モーパッサンのベラミの思想的背景
1. 当時のフランス社会の現実
「ベラミ」は1885年に出版されましたが、これはフランスが普仏戦争(1870-1871)の敗北から立ち直ろうとしていた時代でした。敗戦の傷跡は深く、フランス社会は政治的不安定、経済的混乱、道徳的退廃といった問題を抱えていました。
小説の中で、モーパッサンはこのようなフランス社会の現実を鋭く描写しています。舞台となるのは、パリの上流階級と、そこに這い上がろうとする野心的な人々です。主人公のジョルジュ・デュロワは、自身の魅力と女性を利用することによって、社会の階段を昇っていきます。彼の成功は、実力や努力ではなく、あくまでも外面的な魅力と冷酷なまでの野心に支えられています。
モーパッサンは、このようなデュロワの姿を通して、当時のフランス社会における成功と野心の空虚さを浮き彫りにしています。彼は、華やかなパリの裏側に潜む、欲望、欺瞞、腐敗といったものを赤裸々に描き出すことで、読者に当時の社会の現実を突きつけます。
2. ナチュラリズムの影響
モーパッサンは、エミール・ゾラなどの作家が提唱したナチュラリズムの影響を強く受けていました。ナチュラリズムは、人間の行動や心理を遺伝や環境といった科学的な視点から描写しようとする文学思潮です。
「ベラミ」においても、ナチュラリズムの影響は顕著に見られます。デュロワの行動原理は、彼の生来的な野心や、当時の社会状況によって説明されています。また、登場人物たちの心理描写は、彼らの置かれた環境や社会的な立場と密接に結びついています。
しかし、モーパッサンは単にナチュラリズムを踏襲しただけではありません。彼は、人間の自由意志や道徳といった問題にも深く関心を寄せていました。デュロワは、社会の犠牲者であると同時に、自らの野心のために倫理を踏み外すことを選択した人物でもあります。
「ベラミ」は、ナチュラリズムの影響を受けながらも、人間の自由意志や道徳の問題を深く掘り下げた作品と言えるでしょう。