モンテスキューのローマ人盛衰原因論に影響を与えた本
プルタルコスの『対比列伝』の影響
モンテスキューの『ローマ人盛衰原因論』は、古代ローマの勃興と衰退を政治体制や社会構造、軍事、そして人々の道徳観の変化から分析した歴史書であり、18世紀のヨーロッパ思想界に大きな影響を与えた名著として知られています。彼の考察に影響を与えた書物は数多くありますが、中でも古代ギリシャの歴史家プルタルコスが著した『対比列伝』(以下、『列伝』)は、モンテスキューの歴史観、人間観、政治思想に深い影響を与えた重要な作品と言えるでしょう。
『列伝』は、古代ギリシャ・ローマの著名な政治家や軍人、思想家などを対比形式で紹介する伝記集です。テーセウスとロムルス、アレクサンドロス大王とカエサル、デモステネスとキケロなど、同時代の傑出した人物を対比的に描くことで、彼らの個性や能力、そして彼らが生きた時代背景や社会構造が浮き彫りにされています。プルタルコスは単なる歴史的事実の羅列ではなく、登場人物の性格や心理描写、逸話などを交えながら、読者に鮮やかな人物像を提示することに成功しています。
モンテスキューは『列伝』を愛読し、その影響は『ローマ人盛衰原因論』の随所に見て取れます。特に顕著なのは、政治体制と道徳の関連性についての考察です。プルタルコスは『列伝』の中で、共和政ローマの建国者や指導者たちの質実剛健さ、公正さ、愛国心を強調し、彼らの高潔な精神こそがローマの繁栄を支えたと論じています。一方、ローマが衰退していく過程では、贅沢や堕落、権力闘争が横行し、市民の道徳観が低下していく様子が描かれています。
モンテスキューもまた、『ローマ人盛衰原因論』の中で共和政ローマ初期の質素な社会風潮と、帝政期における奢侈の蔓延を対比させながら、ローマ人の道徳観の変遷が国家の盛衰に大きく影響を与えたと分析しています。彼はプルタルコスと同様に、共和政の維持には市民一人ひとりの civic virtue (市民としての美徳) が不可欠であると主張し、自己抑制、法の遵守、公共善への貢献といった道徳観の重要性を説いています。
モンテスキューは『列伝』から、歴史を動かすのは制度や法律だけでなく、それを運用する人間であり、人間の精神や道徳観が国家の命運を左右することを学びました。彼の歴史観は、プルタルコスが『列伝』で示した人間観察と歴史分析の手法を受け継ぎ、発展させたものと言えるでしょう。