メンガーの国民経済学原理を深く理解するための背景知識
1. カール・メンガーとその時代背景
カール・メンガー（1840-1921）は、オーストリア学派と呼ばれる経済学派の創始者として知られています。彼は、19世紀後半のヨーロッパ、特にオーストリア＝ハンガリー帝国という激動の時代を生きました。この時代は、産業革命の進展に伴い、資本主義経済が急速に発展し、社会構造も大きく変化しました。同時に、古典派経済学に対する批判も高まり、新しい経済学の構築が求められていました。
メンガーは、このような時代背景の中で、従来の経済学とは異なる視点から経済現象を分析し、独自の理論体系を構築しました。彼の代表作である『国民経済学原理』（1871年）は、オーストリア学派の基礎を築いただけでなく、近代経済学の発展にも大きな影響を与えました。
2. 古典派経済学とその限界
メンガーの経済学を理解するためには、彼が批判の対象とした古典派経済学について知る必要があります。古典派経済学は、アダム・スミスやデイヴィッド・リカードなどの経済学者によって18世紀後半から19世紀前半にかけて発展した経済学派です。
古典派経済学は、労働価値説を基礎として、商品の価値はそれを生産するために必要な労働量によって決定されると考えました。また、彼らは自由放任主義的な経済政策を主張し、政府の介入を最小限に抑えるべきだとしました。
しかし、19世紀後半になると、古典派経済学に対する批判が高まりました。その理由としては、以下のような点が挙げられます。
* 労働価値説では、商品の価値を十分に説明できない。
* 需要と供給の関係を十分に考慮していない。
* 経済主体としての個人の行動を軽視している。
メンガーは、これらの問題点を克服するために、新しい経済学の構築を目指しました。
3. 限界効用理論の誕生
メンガーの経済学の最大の特徴は、限界効用理論を導入したことです。限界効用理論とは、財やサービスの価値は、その財やサービスを消費することによって得られる満足度（効用）の限界的な増加分（限界効用）によって決定されるとする理論です。
古典派経済学では、商品の価値は客観的な労働量によって決定されると考えられていましたが、メンガーは、価値は主観的なものであり、個人の欲求や満足度によって変化すると主張しました。彼は、人間は限られた資源の中で、自分の欲求を最大限に満たすように行動すると考え、この行動原理に基づいて経済現象を分析しました。
限界効用理論は、需要と供給の関係を説明する上で重要な役割を果たします。商品の価格が低下すると、その商品の限界効用が低下するため、需要が増加します。逆に、商品の価格が上昇すると、その商品の限界効用が上昇するため、需要が減少します。
4. 方法論的個人主義と主観主義
メンガーの経済学は、方法論的個人主義と主観主義という二つの重要な方法論に基づいています。
方法論的個人主義とは、社会現象は、個人の行動とその相互作用の結果として説明されるべきであるという考え方です。メンガーは、経済現象を分析する際に、個人の行動を重視し、社会全体の動きは個人の行動の集積として捉えました。
主観主義とは、価値は客観的なものではなく、個人の主観的な評価によって決定されるとする考え方です。メンガーは、商品の価値は、それを消費する個人が感じる満足度によって決定されると考えました。
これらの方法論は、オーストリア学派の経済学の特徴であり、メンガー以降の経済学者たちにも大きな影響を与えました。
5. ドイツ歴史学派との対立
メンガーの経済学は、当時のドイツで主流であったドイツ歴史学派と対立しました。ドイツ歴史学派は、経済学は歴史的な研究に基づいて発展すべきであると主張し、抽象的な理論を構築することに批判的でした。
メンガーは、歴史的な研究の重要性を認めながらも、経済学は普遍的な法則を発見することを目指すべきだと考え、演繹的な方法を用いて理論を構築しました。この方法論の違いが、両学派の対立の大きな原因となりました。
メンガーとドイツ歴史学派との論争は、「方法論争」と呼ばれ、19世紀後半の経済学界における大きな論点となりました。この論争を通じて、経済学の方法論に関する議論が深まり、経済学の発展に貢献しました。
これらの背景知識を理解することで、メンガーの『国民経済学原理』をより深く理解することができます。メンガーの経済学は、現代の経済学にも通じる重要な概念や方法論を含んでおり、彼の思想を学ぶことは、経済学全体への理解を深める上で非常に有益です。
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