メンガーの国民経済学原理を深く理解するための背景知識

古典派経済学と限界革命

カール・メンガー（１８４０－１９２１）は、ウィリアム・スタンレー・ジェヴォンズ、レオン・ワルラスとともに、１９世紀後半に起こった経済学における「限界革命」の中心人物の一人です。限界革命とは、それまでの支配的な経済学派であった古典派経済学の価値論に対して、限界効用概念を導入することで新たな価値理論を構築し、経済学の分析方法を大きく転換させた変革です。

古典派経済学、特にアダム・スミスやデイヴィッド・リカードを中心とするイギリス古典派経済学は、労働価値説に基づいていました。労働価値説とは、財の価値はその生産に必要な労働量によって決定されるとする考え方です。この考え方では、ダイヤモンドのような希少な財が高い価格で取引される理由を十分に説明できませんでした。

限界効用と主観的価値論

メンガーは、財の価値は客観的な要素である労働量ではなく、主観的な要素である人間の欲求によって決定されると主張しました。彼は、人間の欲求は財の消費量が増えるにつれて逓減していくという「限界効用逓減の法則」を発見し、財の価値はその財の消費から得られる「限界効用」によって決定されるとしました。ダイヤモンドが高い価格で取引されるのは、その希少性から、ダイヤモンドの限界効用が非常に高いからです。

限界効用理論は、財の価値を人間の主観的な評価に求める「主観的価値論」であり、古典派経済学の労働価値説とは根本的に異なる考え方です。メンガーは、経済現象を人間の主観的な行動から説明する「方法論的個人主義」の立場をとっており、彼の主観的価値論は、その立場を反映したものと言えます。

オーストリア学派と歴史学派

メンガーは、オーストリア学派と呼ばれる経済学派の祖とされています。オーストリア学派は、主観的価値論、方法論的個人主義、自由主義などを特徴とする学派で、メンガーの他に、オイゲン・フォン・ベーム＝バヴェルク、フリードリヒ・フォン・ヴィーザーなどが代表的な経済学者です。

メンガーが活躍した１９世紀後半のドイツ語圏では、オーストリア学派の他に、歴史学派と呼ばれる経済学派が大きな影響力を持っていました。歴史学派は、経済現象を歴史的な文脈の中で理解しようとする立場であり、演繹的な理論構築よりも、歴史的な事実の収集と分析を重視しました。

メンガーは、歴史学派の方法論を批判し、経済学は歴史的な研究ではなく、普遍的な法則を探求する理論的な学問であるべきだと主張しました。彼の主著である『国民経済学原理』は、歴史学派への批判を背景に執筆されたものであり、オーストリア学派の経済学の基礎を築く重要な著作となりました。

メンガーの経済学の方法論

メンガーは、『国民経済学原理』の中で、経済学の研究対象は「経済財」であると規定しました。経済財とは、人間の欲求を満たすことができ、かつ、希少性を持つ財のことです。そして、経済学は、人間がどのようにして希少な経済財を配分し、利用するかを研究する学問であるとしました。

メンガーは、経済学の研究方法として、「現実主義的方法」を採用することを提唱しました。現実主義的方法とは、現実の経済現象を観察し、そこから経済法則を導き出す方法です。彼は、経済学は数学のような抽象的なモデルではなく、現実の人間の行動に基づいて構築されるべきだと考えていました。

『国民経済学原理』の内容

『国民経済学原理』は、財、価値、交換、価格、貨幣など、経済学の基本的な概念を、主観的価値論と方法論的個人主義の立場から体系的に分析した著作です。メンガーは、この著作の中で、限界効用理論に基づいて財の価値を説明し、交換のメカニズムを解明しました。また、貨幣の起源についても、人間の自発的な行動の結果として貨幣が生まれたとする「進化論的な貨幣理論」を展開しました。

『国民経済学原理』は、限界革命の出発点となった重要な著作であり、現代のミクロ経済学、特に価格理論の基礎を築いたと評価されています。また、オーストリア学派の経済学の出発点ともなっており、その後の経済学の発展に大きな影響を与えました。

メンガーの『国民経済学原理』を深く理解するためには、彼が活躍した時代の知的背景、特に古典派経済学との違いや、歴史学派との対立などを理解することが重要です。また、メンガーの主観的価値論と方法論的個人主義という基本的な立場を理解することも不可欠です。これらの背景知識を踏まえることで、『国民経済学原理』の内容をより深く理解し、その意義を正しく評価することができるようになります。

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