## メンガーの「国民経済学原理」の思想的背景
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オーストリア学派の誕生
カール・メンガーの主著『国民経済学原理』(1871年)は、古典派経済学とは異なる独自の経済学派である、「オーストリア学派」の礎を築いた著作として知られています。当時の経済学界は、イギリス古典派経済学が主流でしたが、メンガーは独自の視点から価値の理論を展開し、経済現象に対する新たな分析方法を提示しました。
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古典派経済学への批判:価値の主観性
メンガーは、アダム・スミスやデヴィッド・リカードといった古典派経済学者が提唱した労働価値説を批判し、価値の源泉は人間の主観的な欲求の充足にあるとする「限界効用理論」を主張しました。古典派経済学では、財の価値はその生産に要した労働量によって決まるとされていましたが、メンガーは、財の価値はそれがもたらす主観的な満足度、すなわち「効用」によって決まると考えました。
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限界革命:限界効用理論の提唱
メンガーは、財の価値を決定づけるのは、その財の総量ではなく、追加的に消費される1単位がもたらす効用、すなわち「限界効用」であるとしました。財の消費量が増加するにつれて、追加的な1単位から得られる効用は逓減していくという「限界効用逓減の法則」を発見し、これが後の経済学に大きな影響を与えました。メンガーは、この限界効用の概念を用いて、交換や価格の決定メカニズムを説明しました。
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方法論的個人主義:個人を起点とした経済分析
メンガーは、経済現象を分析する上で、個人を起点とする「方法論的個人主義」を採用しました。これは、社会や経済システムといった抽象的な概念ではなく、具体的な個人とその行動に焦点を当てて分析を行うという方法論です。メンガーは、個人がそれぞれに持つ欲求や目的を達成するために合理的に行動すると考え、その行動の集積として経済現象を捉えました。
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ドイツ歴史学派の影響:演繹法と帰納法の融合
メンガーは、当時のドイツで勢力のあったドイツ歴史学派の影響も受けていました。歴史学派は、経済理論の普遍性を否定し、歴史的・社会的な文脈の中で経済現象を理解しようとする立場をとっていました。メンガーは、歴史学派の方法論を完全に受け入れるわけではありませんでしたが、演繹的な理論構築だけでなく、現実の経済現象を観察することの重要性を認識していました。
これらの思想的背景から、メンガーの『国民経済学原理』は、単なる経済学の教科書ではなく、経済学の基礎理論を根本から問い直す革新的な著作として、後の経済学に多大な影響を与えることになりました。