メルロ=ポンティの知覚の現象学に影響を与えた本
現象学の理念
エドムント・フッサールの『現象学の理念』は、メルロ=ポンティの思想、特に彼の代表作『知覚の現象学』に深い影響を与えた作品です。フッサールは現象学の創始者として知られ、この著作は彼の初期の思想を代表するものであり、メルロ=ポンティ自身の現象学への独自の解釈を形成する上で重要な役割を果たしました。
意識の指向性と志向性
フッサールは、『現象学の理念』の中で、意識の本質は「志向性」、すなわち常に何かに向かって意図的に開かれていることであると主張しました。意識は、対象から独立して存在するのではなく、常に具体的な対象との関係性において成立するという考え方です。
メルロ=ポンティは、フッサールのこの思想を高く評価し、自身の知覚論の基礎として取り入れました。彼は、フッサールが提唱した「意識の指向性」という概念をさらに発展させ、身体の役割を重視した独自の知覚論を展開しました。メルロ=ポンティは、私たちが世界を知覚する際には、身体を通して世界と能動的に関わり、意味を構成していくと主張しました。
自然主義からの脱却
フッサールは、『現象学の理念』の中で、当時の心理学や自然科学が陥っていた「自然主義」を批判しました。自然主義とは、意識や精神現象を、自然科学的な方法によって完全に説明できるとする立場です。フッサールは、意識や精神現象には、自然科学では捉えきれない独自の構造や意味があると主張し、それを明らかにする新しい学問として現象学を提唱しました。
メルロ=ポンティもまた、フッサールと同様に、自然主義的な知覚論を批判しました。彼は、従来の知覚論が、感覚データという客観的な要素から知覚が成り立つという誤った前提に基づいていると指摘しました。そして、知覚とは、身体を通して世界と関わり、意味を構成していく能動的な行為であると主張しました。
還元と現象学的記述
フッサールは、『現象学の理念』において、意識現象をありのままに記述するために、「現象学的還元」と呼ばれる方法を提唱しました。この方法は、私たちの日常的な経験の中に含まれる先入観や偏見を排除し、純粋な意識現象そのものを明らかにすることを目指すものです。
メルロ=ポンティは、フッサールの現象学的還元という方法を高く評価し、自身の哲学的方法にも取り入れました。彼は、知覚をありのままに記述するためには、自然科学や伝統的な哲学が前提としてきた先入観を排除し、身体を通して世界を経験する私たちの生の経験に立ち返ることが重要であると主張しました。