## ミルの代議制統治論に影響を与えた本
トクヴィルの『アメリカのデモクラシー』
ジョン・スチュアート・ミルの『代議制統治論』(1861年)は、近代民主主義思想の古典の一つとして、今日でも広く読まれています。ミルはこの著作において、代議制民主主義の理想と現実、その課題と展望を考察し、現代社会における政治体制のあり方について重要な示唆を与えています。
ミルの思想形成に影響を与えた書物は数多くありますが、その中でも特に重要なのが、アレクシ・ド・トクヴィルの著した『アメリカのデモクラシー』(第一巻1835年、第二巻1840年)です。19世紀前半のフランス貴族であったトクヴィルは、アメリカ合衆国を訪問し、その政治制度と社会の実情を詳細に観察しました。そして、アメリカ社会に浸透する「平等化の趨勢」に着目し、それが政治、社会、文化のあらゆる側面に及ぼす影響について分析しました。
トクヴィルの観察:アメリカの「民主主義」
トクヴィルは、アメリカ社会の基盤にあるのは「民主主義」だとしました。ただし、彼がここでいう「民主主義」とは、単なる政治体制を指すのではありません。それは、社会における身分や特権の壁が取り払われ、人々が平等な権利と機会を享受する社会状態、すなわち「平等化の趨勢」を意味します。
トクヴィルは、アメリカにおいてこの「民主主義」が、政治制度だけでなく、社会習慣、宗教、教育、芸術に至るまで、あらゆる領域に深く根付いていることを観察しました。そして、この「民主主義」は、個人の自由と平等を実現する一方で、「多数者の専制」や「社会全体の画一化」といった新たな問題を生み出す可能性も孕んでいることを指摘しました。
ミルへの影響:多数者の専制への懸念
トクヴィルの『アメリカのデモクラシー』を読んだミルは、その鋭い観察眼と洞察力に深く感銘を受けました。特に、「多数者の専制」の問題は、ミル自身の思想にも大きな影響を与えました。ミルは、個人の自由を最大限に尊重する自由主義者でしたが、同時に、民主主義社会においては、多数の意見が常に正しいとは限らないことを認識していました。
ミルは、トクヴィルの分析を踏まえ、民主主義社会においては、多数派の意見によって個人の権利や自由が不当に侵害される危険性があることを強く認識しました。そして、この「多数者の専制」から個人の自由を守るためには、言論の自由、結社の自由、思想・良心の自由といった基本的自由を保障することが不可欠であると主張しました。
ミルの課題:代表制の質向上への模索
さらにミルは、トクヴィルの指摘を踏まえ、代議制のあり方についても深く考察しました。ミルは、代議制は、国民の意思を政治に反映させるための有効な手段となりうると考えました。しかし、同時に、代議制は、単に多数派の意見を反映させるだけのシステムであってはならないと主張しました。
ミルは、真の代議制を実現するためには、少数派の意見も尊重され、多様な意見が反映されるような仕組みにする必要があると考えました。そして、そのために、選挙制度の改革や、議員の資質向上、熟議の重視など、具体的な提案を行いました。
このように、ミルの『代議制統治論』は、トクヴィルの『アメリカのデモクラシー』の影響を色濃く受けた作品と言えるでしょう。トクヴィルの鋭い観察眼と洞察力は、ミルに民主主義の光と影を改めて認識させ、より洗練された自由主義思想を構築する上で重要な役割を果たしました。