マーシャルの経済学原理の構成
序論
アルフレッド・マーシャルの主著『経済学原理』(Principles of Economics)は、1890年の初版から1920年の第8版まで、版を重ねるごとに内容が大きく改訂されていきました。本稿では、一般的に最も広く読まれている第8版を元に、その構成を解説します。
本書の構成
『経済学原理』は全5巻、6編と付録から構成されています。
* **第1巻:予備的考察**
* 第1編:序論
* 第1章:経済学の主題と方法
* 第2章:富の増進に関する経済学上の考察の順序
* 第3章:資本と所得
* 第4章:所得の諸要因
* 第5章:労働の価格
* 第2編:需要の理論
* 第1章:欲望と効用
* 第2章:効用または満足の測定
* 第3章:需要の弾力性
* 第4章:消費者の剰余
* 第5章:市場の需要
* 第6章:需要曲線の利用について
* **第2巻:予備的考察(承前)**
* 第3編:生産費の理論
* 第1章:生産の組織
* 第2章:企業の内的・外的経済
* 第3章:増加、定常、および減少収穫法則
* 第4章:土地の収穫法則の作用を左右する諸要因
* 第5章:資本と人口の増加の収穫法則に対する影響
* 第6章:代表的な企業と、その長期および短期の供給曲線
* 第4編:生産要素の需要と供給
* 第1章:均衡の理論
* 第2章:均衡の均衡化作用
* 第3章:賃金の一般的レベル
* 第4章:需要と供給によって規定される賃金
* 第5章:利潤の供給価格
* 第6章:準地代
* 第7章:地代
* 第8章:生産要素の相互間の代替
* 第9章:限界生産費の概念の適用範囲
* 第10章:需要と供給の相互依存関係の図式表示
* **第3巻:価値の一般的関係**
* 第5編:価値の理論
* 第1章:暫定的考察:競争による価値の支配
* 第2章:需要曲線と供給曲線の暫定的考察
* 第3章:均衡の安定性
* 第4章:短期における均衡価格の変動
* 第5章:長期における均衡価格の変動
* 第6章:共同生産費。共同需要。生産費と効用との相互作用
* 第7章:準地代
* 第8章:生産要素の価格の相互依存
* 第9章:生産費と価値の理論との関連における時間要素
* 第10章:賃金と価格
* 第11章:利潤と価格
* 第12章:準地代と価格
* 第13章:生産要素の価格の相互依存。課税の影響
* 第14章:生産要素の価格の相互依存。補助金の影響
* 第15章:家計費と生産費
* **第4巻:所得分配**
* 第6編:所得分配
* 第1章:国民配当金
* 第2章:需要と供給による、国民配当金の要素間の分配
* 第3章:地代と生産者の剰余(承前)
* 第4章:その他の準地代
* 第5章:投資の純粋報酬としての利潤
* 第6章:利息の利率
* 第7章:利潤の報酬としての企業者の収益
* 第8章:管理の報酬
* 第9章:家賃
* 第10章:土地の家賃
* 第11章:土地の価格の上昇による利益
* 第12章:労働者の一般的な幸福。貨幣による測定
* 第13章:労働者の一般的な幸福。その他の測定法
* 第14章:進歩と貧困
* **第5巻:貨幣・信用・価格変動論**
* 付録
* 付録A:価値の理論の歴史
* 付録B:生産費の理論の歴史
* 付録C:賃金基金説
* 付録D:労働価値説
* 付録E:マーシャルによる代表的な企業の概念に関するノート
* 付録F:ヘンリー・カニンガム教授の『生産』批判への回答
* 付録G:地代
* 付録H:準地代
* 付録I:リカードの地代論
* 付録J:フォン・テューネンの貢献
* 付録K:アメリカの経済学者による限界生産費説の早期の提示
* 付録L:生産費の増加傾向
各編の内容
まず、第1巻と第2巻では経済学の基本概念である「需要と供給」について詳細に解説しています。
第1巻ではまず経済学の定義、研究範囲、方法論について述べ、次に需要の概念を効用理論に基づいて解説します。ここでは限界効用逓減の法則、消費者の剰余などの重要な概念が導入されます。
続く第2巻では生産費の概念が導入され、生産要素の価格決定メカニズムが分析されます。ここでのポイントは、企業の規模の経済性と収穫逓減の法則を組み合わせた「代表的な企業」という概念を用いて、長期と短期における価格決定のメカニズムを説明した点です。
第3巻では、需要と供給の力によって価格が決定される過程を、部分均衡と一般均衡の両方の視点から分析しています。ここでは時間要素を導入し、短期均衡と長期均衡における価格の決定メカニズムの違いを明らかにしています。
第4巻では、生産された財やサービスがどのように分配されるのかという、所得分配の問題を扱っています。賃金、利潤、地代といった生産要素への報酬がどのように決定されるのかを、需要と供給の原理に基づいて解説しています。
最後の第5巻では、貨幣の機能、信用制度、物価の変動といったマクロ経済的な問題を扱っています。特に物価の変動については、貨幣数量説を批判的に検討し、需要と供給の両方の要因を考慮した分析を行っています。
このように、『経済学原理』はミクロ経済学とマクロ経済学の基礎を築いた画期的な著作であり、現代経済学の出発点と言えるでしょう。