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マンのヴェニスに死すから学ぶ時代性

## マンのヴェニスに死すから学ぶ時代性

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美と芸術の耽美主義

トーマス・マンの小説「ヴェニスに死す」は、20世紀初頭のヨーロッパ社会を背景に、老作家グスタフ・フォン・アッシェンバッハが、ヴェネツィアで出会った美少年タッジオに魅せられ、抗えない情熱と破滅へと突き進んでいく様を描いています。

この作品において、アッシェンバッハは当時の芸術至上主義、すなわち芸術を人生の究極の目的とみなす思想を体現しています。彼は厳格な規律と禁欲によって築き上げた創作活動によって名声を得ていましたが、心の奥底では、抑圧された情熱や官能への渇望を抱えていました。

ヴェネツィアという退廃的なまでに美しい都市で出会ったタッジオは、アッシェンバッハにとって、完璧な美の具現化であり、彼の抑圧された情熱を解き放つ存在でした。彼は理性と芸術の象徴であるアポロ的な自己と、本能と情熱の象徴であるディオニソス的な自己の葛藤に苦しみながらも、抗えない魅力を持つタッジオへの想いを募らせていきます。

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世紀末の不安と没落の予感

「ヴェニスに死す」が執筆された20世紀初頭は、19世紀後半から続く繁栄の時代が終わりを告げ、第一次世界大戦へ向かう不穏な空気が漂い始めていた時代でした。人々の間には、古き時代の終焉と新しい時代の到来に対する不安、そして、それまでの価値観が崩壊していくことへの漠然とした恐怖が広がっていました。

作中で描かれるコレラの蔓延は、そうした時代の不安や不吉な影を象徴しています。かつては「アドリア海の女王」と呼ばれた華麗な都ヴェネツィアも、コレラの脅威によってその輝きを失い、死と腐敗の匂いが漂う退廃的な空間に変貌しています。

アッシェンバッハの破滅は、彼自身の内面に潜む情熱と理性の葛藤だけでなく、時代の流れに抗うことのできない人間の弱さや、美や芸術といった永遠と思われた価値観さえもが崩壊していく時代の流れを象徴していると言えるでしょう。

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