マルサスの人口論に影響を与えた本
ウィリアム・ゴドウィンの『政治的正義論』
トーマス・ロバート・マルサスの代表作『人口論』は、1798年の初版刊行当時、大きな議論を巻き起こしました。食料供給の増加に対して人口増加が上回ることで人類は常に貧困に苦しむという、彼の主張はあまりにも衝撃的でした。マルサスはこの問題に対する解決策として、貧困層への救済を制限することを提唱し、多くの批判を浴びることになります。
マルサスの人口論に大きな影響を与えた書物として、ウィリアム・ゴドウィンが1793年に発表した『政治的正義論』が挙げられます。ゴドウィンは、人間は理性に基づいて行動することで社会をより良い方向へ進歩させることができると主張し、貧困や格差は社会制度の欠陥によって引き起こされると考えました。
ゴドウィンは、私有財産制の廃止や政府の役割縮小など、当時の社会通念を覆す革新的な思想を展開しました。彼は、人間は本質的に善であり、教育と合理的な議論を通じて社会を変革できると信じていました。ゴドウィンの思想は、フランス革命後のイギリス社会に大きな影響を与え、多くの若者から熱狂的な支持を受けました。
マルサスはゴドウィンの楽観的な人間観と社会進歩論に真っ向から反論しました。彼は、人間の性欲は抑制することが難しく、人口は指数関数的に増加する傾向があると主張しました。一方、食料生産は土地の制約などから算術級数的にしか増加せず、人口増加に追いつくことはできないとしました。
マルサスは、ゴドウィンが提唱するような社会改革は、一時的に貧困層の状況を改善する可能性はあるものの、結果的に人口増加を招き、より深刻な食糧不足と貧困を生み出すと批判しました。マルサスは、貧困や格差は社会制度の欠陥ではなく、人間の性と自然の法則によって不可避的に生じる問題だと結論づけました。
マルサスの『人口論』は、ゴドウィンの『政治的正義論』に対する反論として執筆された側面があり、両者は当時の社会思想の対立軸を象徴する存在でした。ゴドウィンの理想主義的な思想は、マルサスによって突きつけられた現実的な問題提起によって、その後の社会思想に大きな影響を与えることになります.