ボーヴォワールの第二の性の対極
「女らしさ」の称揚としての
「女性神秘」
シモーヌ・ド・ボーヴォワールの『第二の性』(1949年)は、女性の抑圧と、ジェンダーが社会的に構築されたものであることを論じた画期的な作品であり、フェミニズムのセカンドウェーブに大きな影響を与えました。
ボーヴォワールの主張に真っ向から対立する立場として、「女性は生まれながらにして神秘的な存在であり、その本質は男性とは異なる」とする「女性神秘」の ideology が挙げられます。 これは、生物学的性差に基づいて女性の役割を家庭に限定し、母性や貞淑さを称揚する考え方です。
「女性神秘」を体現する歴史的名著として、しばしば挙げられるのが、以下の2冊です。
1. ルソー『エミール』(1762年)
ジャン=ジャック・ルソーの教育論であり、恋愛小説の形式をとった『エミール』は、理想の男性像であるエミールと、彼の妻となるべく教育されるソフィーの姿を通して、当時の社会通念に大きな影響を与えました。
ルソーは、女性は男性に従属する存在であり、男性を喜ばせるために存在するとしました。ソフィーの教育は、エミールの妻として、家庭を守り、子供を育てることに特化されています。
ルソーは女性の自然な役割を家庭に限定し、男性の快楽のために存在することを当然視しました。彼の女性観は、当時のヨーロッパ社会に広く受け入れられており、女性の社会進出を阻む根拠の一つとなりました。
2. オットー・ヴァイニンガー『性と性格』(1903年)
オーストリアの哲学者、オットー・ヴァイニンガーの主著『性と性格』は、女性蔑視的な主張で物議を醸した書物として知られています。
ヴァイニンガーは、女性は男性に比べて抽象的な思考能力や倫理観に欠け、ヒステリックで衝動的な存在であると断定しました。 また、女性は男性性と女性性の両方の要素を内包しているのに対し、男性はより多くの男性性を持ち合わせているため、女性よりも優れた存在であると主張しました。
彼の著作は、出版当時から激しい批判にさらされましたが、一方で熱狂的な支持者も現れ、20世紀初頭のヨーロッパ思想界に大きな影響を与えました。
これらの書物は、女性を男性とは異なる存在として規定し、伝統的な性役割を正当化するものであり、『第二の性』でボーヴォワールが批判した「女性神秘」を体現していると言えるでしょう。