ボーンのアインシュタインとの対話に影響を与えた本
エルヴィン・シュレーディンガーの「生命とは何か」
量子力学の巨人であるエルヴィン・シュレーディンガーが1944年に出版した「生命とは何か」は、物理学と生物学という一見異なる分野の橋渡しを試みた画期的な書物です。この本でシュレーディンガーは、遺伝のメカニズムや生命の秩序とエントロピーの関係など、当時まだ謎に包まれていた生命現象を物理学の視点から考察し、多くの科学者に影響を与えました。
特に有名なのは、遺伝情報を担う「遺伝子」を「非周期的結晶」と表現したことです。これは、遺伝子が安定的に情報を保持しながらも、細胞分裂を通じて変化していく様子を、結晶の規則性と柔軟性を重ね合わせて説明したものです。このアイデアは、後にワトソンとクリックによるDNA二重らせん構造の発見に繋がったと言われています。
ボーンもシュレーディンガーの考えに深く影響を受けました。「アインシュタインとの対話」の中でも、シュレーディンガーの「生命とは何か」が度々登場します。特に、量子力学の観測問題と関連付けて、人間の意識が物質世界にどのような影響を与えるのかという問題について議論する際に、シュレーディンガーの洞察が重要な役割を果たしています。
ボーンはシュレーディンガーの思想を土台として、物理学と哲学、そして生物学を融合させた独自の生命観を構築しようと試みました。「アインシュタインとの対話」は、ボーンが生涯をかけて追及した、科学と人間の意識の関係性を理解するための壮大な試みの一つの到達点と言えるでしょう。