## ボワソナードの刑法草案註解の光と影
### Ⅰ.
近代法の理念に基づく先進性 – 「光」の部分
ボワソナードの刑法草案註解は、近代法の基礎を築いたフランス刑法典の影響を色濃く反映し、当時の日本において極めて先進的な内容を含んでいました。
まず特筆すべきは、罪刑法定主義の採用です。これは、いかなる行為が犯罪とされ、どのような刑罰が科されるのかは、あらかじめ法律で明確に定められていなければならないという原則です。当時、慣習法や判例法が中心であった日本において、罪刑法定主義の導入は、法の予測可能性と公平性を高める上で画期的なものでした。
また、責任主義を採用し、故意犯を原則とするなど、近代刑法の理念を具現化していました。責任主義とは、行為者が自己の行為をコントロールできる状態(責任能力)において、自らの自由意思に基づいて行った行為についてのみ、刑罰責任を負うべきであるという考え方です。これは、当時の日本において支配的であった結果責任の考え方とは一線を画すものであり、個人の自由と権利を重視する近代的な思想を反映したものでした。
さらに、刑罰制度においても、懲役刑や禁錮刑など、近代的な自由刑を導入し、過酷な身体刑を廃止することを目指しました。これは、刑罰の目的を応報から矯正へと転換させることを意図したものであり、人道主義の観点からも評価されるべき点です。
### Ⅱ.
日本の伝統・文化との齟齬 – 「影」の部分
ボワソナードの刑法草案註解は、近代法の理念に基づく先進性を持ち合わせていましたが、同時に日本の伝統や文化との間で齟齬を生む側面も存在しました。
例えば、天皇制国家である日本の国情を考慮せず、不敬罪の規定が設けられなかった点は、当時の社会状況と乖離していました。また、儒教の影響が根強い社会において、孝を重視する観点から、尊属殺重罰規定を設けなかったことも、当時の倫理観と相容れないものでした。
さらに、フランス刑法を模範とした結果、日本の実情にそぐわない規定も散見されました。例えば、フランスと比較して窃盗犯の多い日本では、窃盗罪に対する刑罰が軽すぎるという指摘がありました。
このように、ボワソナードの刑法草案註解は、近代法の理念を導入しようとするあまり、当時の日本の社会状況や文化的背景を十分に考慮していなかった側面があり、それが「影」の部分として指摘されています。