ボッカチオのデカメロンが扱う社会問題
教会の腐敗
デカメロンにおいてボッカチオが最も痛烈に批判するのは、聖職者たちの腐敗であろう。当時の教会は莫大な富と権力を有し、人々の精神的な支柱となるべき存在であった。しかし、デカメロンに登場する聖職者たちの多くは、その高潔な理想とはかけ離れた存在として描かれている。
例えば、第十日第二話に登場する修道院長は、信者の女性を騙して関係を持ち、妊娠させてしまう。その上、自分の悪事を隠蔽するために、別の男に罪をなすりつけようとする始末である。このような聖職者たちの姿は、人々の教会に対する信頼を大きく揺るがすものであったに違いない。
社会における女性の立場
デカメロンは、ペスト禍を生き延びた男女十人によって語られる物語という形式をとる。その中で、女性たちは男性に劣らず機知に富み、主体的に行動する姿を見せている。これは、当時の社会において女性が置かれていた弱い立場、とりわけ男性に従属的な存在とみなされていた現実への、ボッカチオからの批判と解釈することができる。
例えば、第九日第十話に登場するソデラートは、夫の留守中に別の男と恋に落ちる。夫にそのことを知られるも、機転を利かせて窮地を脱するどころか、逆に夫を懲らしめることに成功する。このように、デカメロンには男性を出し抜く賢い女性が多く登場する。これは、ボッカチオが女性の知性と能力を高く評価し、社会における女性の立場向上を願っていたことの表れと言えるだろう。
階級社会への風刺
デカメロンは、当時のフィレンツェ社会を舞台に、様々な身分の人々が織りなす物語を描いている。その中には、貴族や富裕層に対する辛辣な風刺も含まれている。
例えば、第一日第三話に登場するユダヤ人メルキツェデクは、サラディン王の巧妙な質問によって、キリスト教、ユダヤ教、イスラム教のいずれが最も優れた宗教かを答えさせられる羽目になる。これは、当時の社会における宗教的な対立や偏見を風刺すると同時に、権力者の狡猾さを浮き彫りにしている。
ペスト禍がもたらした社会不安
デカメロンは、1348年にイタリアを襲ったペスト禍を背景としている。ペストの流行は、当時の社会に大きな混乱と不安をもたらし、人々の生死に対する価値観を大きく揺さぶった。
デカメロンの物語の中には、ペストによって引き起こされた社会の混乱や人々の道徳観の崩壊が、随所に描かれている。死の恐怖に直面した人々は、享楽に耽ったり、宗教に救いを求めたり、様々な行動をとる。ボッカチオは、そうした人々の姿をありのままに描き出すことで、ペスト禍が人間社会に与えた影響の大きさを浮き彫りにしていると言えるだろう。