ホールのアメリカ史の解釈と人間
アメリカ史における「人間」の解釈
歴史家の多くが社会構造や政治体制といった大きな枠組みの中で歴史を解釈しようとするのに対し、デイヴィッド・ハケット・フィッシャーの歴史観は「人間」を重視している点が特徴的です。フィッシャーは、歴史を動かすのは人間であり、人間の思考や行動、そしてその背景にある文化や価値観を理解することが歴史解釈において不可欠だと考えました。
フィッシャーは、人間の行動を規定する要素として、「フォークウェイズ」という概念を提唱しました。これは、ある社会に受け継がれてきた行動様式や思考パターン、価値観などを指し、世代を超えて受け継がれる文化的遺伝子のようなものです。フィッシャーは、アメリカの歴史を理解するためには、それぞれの時代背景や地域における人々のフォークウェイズを深く考察することが重要であると主張しました。
ホールの解釈における「人間」
フィッシャーの影響を受けた歴史家の一人であるダニエル・ホールは、アメリカ植民地時代から19世紀にかけての社会史研究において、「人間」を重視した独自の解釈を展開しました。
ホールは、植民地時代のアメリカにおいて、イギリス本国とは異なる独自の文化が形成されていった過程を、人々の日常生活や社会関係、そして精神世界といったミクロな視点から描き出しました。彼は、法廷記録や日記、手紙などの一次資料を丹念に分析することで、当時のアメリカ社会における人々の行動や意識、人間関係などを具体的に復元しようと試みました。
例えば、ホールは植民地時代のニューイングランド社会における人間関係を分析し、人々が家族や地域社会との強い絆の中で生きていたことを明らかにしました。彼は、当時の裁判記録などを用いて、人々が紛争解決においても、個人よりも共同体の調和を重視していたことを指摘しています。
また、ホールは18世紀後半から19世紀初頭にかけてのアメリカ社会における「市場革命」の影響についても、「人間」の視点から考察しました。彼は、市場経済の浸透が人々の価値観や行動様式に大きな変化をもたらし、伝統的な共同体意識が希薄化していく過程を分析しました。
人間と社会構造
ホールの歴史解釈において特徴的なのは、人間を社会構造から切り離して考えるのではなく、両者の相互作用の中で歴史を理解しようとしている点です。
彼は、人間は社会構造によって規定される存在であると同時に、社会構造を変化させる主体でもあると考えました。そして、歴史とは、人間と社会構造との間の絶え間ない相互作用によって織りなされるダイナミックなプロセスとして捉えました。
ホールのこのような歴史観は、従来の政治史中心の歴史観とは一線を画すものであり、その後のアメリカ社会史研究に大きな影響を与えました。彼の著作は、アメリカ史における「人間」の役割を再考する上で、今日でも重要な視点を提供しています。