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ホイジンガの『中世の秋』の光と影

## ホイジンガの『中世の秋』の光と影

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ホイジンガは、『中世の秋』において、14世紀から15世紀にかけての西ヨーロッパ文化を、爛熟と衰退が織りなす「秋の時代」として描いています。彼は、この時代の文化を、騎士道と敬虔、華麗な祭りと残酷な刑罰、高邁な理想と現実の腐敗といった、光と影が複雑に交錯する世界として捉えています。

ホイジンガが「光」として捉えている要素の一つに、騎士道文化の美意識があります。騎士道は、武勇、名誉、忠誠、愛といった高邁な理想を掲げ、洗練された儀礼や華麗な турнир (馬上槍試合) を通じて、その理想を表現しました。騎士たちは、貴婦人への献身を通して courtly love (宮廷恋愛) を実践し、詩歌や音楽を愛好するなど、洗練された文化を育みました。

また、敬虔な信仰心も、この時代の文化を彩る重要な要素でした。人々は、神の存在を身近に感じ、教会を中心とした生活を送っていました。ゴシック建築に代表される壮麗な教会は、人々の信仰心の拠り所となり、宗教的な儀式や祭礼は、人々の生活に彩りを与えました。

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一方、ホイジンガは、この時代の文化が孕む「影」の部分にも目を向けています。騎士道は、現実には、戦争や暴力と切り離せない存在でした。華麗な馬上槍試合の裏側には、血なまぐさい戦場の現実が存在し、騎士たちは、武勇と名誉の名の下に、多くの命を奪いました。

また、敬虔な信仰心は、時として、狂信や迫害を生み出す要因ともなりました。異端審問や魔女狩りといった、宗教の名の下に行われた残虐行為は、この時代の負の側面として、ホイジンガによって克明に描かれています。

さらに、ホイジンガは、ペストの流行や百年戦争といった社会不安の中で、人々の間に、死や運命に対する不安感が広がり、それが、死の舞踏やグロテスクな美術表現といった、退廃的な文化を生み出したと指摘しています。

このように、ホイジンガは、『中世の秋』において、14世紀から15世紀にかけての西ヨーロッパ文化を、光と影が複雑に交錯する世界として描き出しています。彼は、この時代の文化を美化もせず、否定もせず、多角的な視点から分析することで、その本質に迫ろうと試みているのです。

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