## ホイジンガの「中世の秋」の翻訳
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翻訳の問題点
ヨハン・ホイジンガの主著「Herfsttij der Middeleeuwen」は、日本語では一般に『中世の秋』と訳されます。 原題を直訳すると「中世の秋期」となり、ここからすでに翻訳の難しさを見て取ることができます。「秋」は日本語においても、晩年や衰退といったニュアンスを帯びますが、原題の「Herfsttij」は「秋」そのものではなく、「秋の時期」を意味します。
ホイジンガ自身は本書において、中世後期を衰退期として断定的に捉えているわけではありません。 彼が描き出そうとしたのは、中世末期特有の文化現象であり、そこに美しさや豊かさを見出そうとしていました。 日本語の「秋」には、これらの要素が含まれているとはいえ、どうしても衰退や寂寥といったイメージが先行してしまいます。
また、「Middeleeuwen」を「中世」と訳すことにも議論の余地があります。 西欧史における「中世」は、5世紀から15世紀までのおよそ1000年間を指しますが、ホイジンガが本書で扱っているのは、主に14世紀から15世紀のフランスとブルゴーニュ公国です。 「中世」という広範な時代区分を用いることで、ホイジンガの本来の意図が正確に伝わらない可能性も考えられます。
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文化的背景と翻訳
翻訳の問題は、単に言葉の置き換えの問題にとどまりません。 異なる文化圏の読者に、原文のニュアンスや文化的背景をいかに伝えるかという、より複雑な問題を孕んでいます。 ホイジンガの「Herfsttij der Middeleeuwen」は、1919年にオランダ語で書かれた作品です。 当時のオランダの読者にとって、「Herfsttij」という言葉や、中世後期に対するイメージは、必ずしも現在の日本の読者と同じではありません。
翻訳者は、これらの文化的背景を考慮した上で、原文に最も近い意味を持つ日本語を選択しなければなりません。 しかし、完全に原文を再現することは不可能であり、翻訳は常に原文からの「解釈」を伴います。 『中世の秋』という題名は、ホイジンガの著作を日本で広く知らしめる上で大きな役割を果たしましたが、同時に、原文の複雑なニュアンスを完全に伝えきれているとは言い切れません。