# ベンサムの道徳と立法の諸原理序説を深く理解するための背景知識
1.ジェレミ・ベンサムの人物像と時代背景
ジェレミ・ベンサム(1748-1832)は、イギリスの法学者、哲学者、社会改革者であり、功利主義の創始者として知られています。彼は、ロンドンで裕福な弁護士の息子として生まれ、幼少の頃から神童ぶりを発揮し、3歳でラテン語を読み、12歳でオックスフォード大学に入学しました。しかし、当時の大学の教育や社会の慣習に幻滅し、法律実務には従事せず、社会改革のための著作活動に専念する道を選びました。
ベンサムが活躍した18世紀後半から19世紀初頭のイギリスは、産業革命の進展とアメリカ独立革命、フランス革命などの影響を受け、大きな社会変革の時代を迎えていました。啓蒙主義の思想が広まり、理性と経験に基づいた社会改革が求められる一方で、貧富の格差の拡大や都市問題など、新たな社会問題も発生していました。このような時代背景の中で、ベンサムは、従来の道徳や法律の体系を批判し、人間の幸福を最大化する原理に基づいた新しい社会の枠組みを構想しました。
2.功利主義の基礎
ベンサムの思想の中核をなすのは、功利主義(ユーティリタリアニズム)と呼ばれる倫理思想です。功利主義は、「最大多数の最大幸福」を道徳の最高原理とする考え方で、人間の行為の善悪は、その行為がどれだけ幸福を増やし、苦痛を減らすかによって判断されると主張します。ベンサムは、人間は快楽を求め、苦痛を避けるという心理的な傾向を持つと仮定し、社会全体の幸福を最大化するためには、個々人の快楽と苦痛を計算し、その総和を最大化するような政策や制度を設計する必要があると考えました。
ベンサムは、快楽と苦痛を測定するための尺度として、「強さ」「持続時間」「確実性」「近接性」「多産性」「純粋性」「範囲」という7つの要素を挙げ、これらの要素を考慮することで、異なる種類の快楽や苦痛を比較・評価することができるとしました。ただし、この快楽計算は、あくまでも理論的な枠組みであり、現実にはすべての快楽と苦痛を正確に数値化することは困難であることもベンサム自身は認めていました。
3.道徳と立法の諸原理序説の内容
「道徳と立法の諸原理序説」は、1780年に執筆され、1789年に出版されたベンサムの主著であり、功利主義の倫理思想に基づいた法と社会の改革案を体系的に提示したものです。この著作では、まず功利主義の原理が説明され、次に、この原理を刑法、民法、憲法、行政など、さまざまな分野に適用することで、どのように社会全体の幸福を最大化できるのかが論じられています。
ベンサムは、従来の法律や制度は、特権階級の利益を守るために作られており、社会全体の幸福を考慮していないと批判しました。そして、功利主義の原理に基づけば、刑罰は犯罪の抑止効果を高めるためにのみ用いられるべきであり、不必要な苦痛を与えるような刑罰は廃止されるべきだと主張しました。また、彼は、言論の自由や宗教の自由など、個人の権利を保障することも、社会全体の幸福を最大化するために重要であると考えました。
4.ベンサムの思想の影響
ベンサムの功利主義は、19世紀のイギリスをはじめ、世界各国の社会改革運動に大きな影響を与えました。彼の思想は、刑法改革、貧困対策、教育改革、選挙制度改革など、さまざまな分野の政策に反映され、近代社会の形成に大きく貢献しました。
また、功利主義は、ジョン・スチュアート・ミルなどの後継者によって発展させられ、現代の倫理学や政治哲学においても重要な理論の一つとして位置づけられています。現代社会においても、政策決定や倫理的な問題を考える際に、功利主義的な視点は欠かせないものとなっています。
5.ベンサム思想への批判
ベンサムの功利主義は、社会全体の幸福を重視する点で画期的な思想でしたが、同時にさまざまな批判も受けました。主な批判としては、個人の権利の軽視、快楽の質の無視、少数派の犠牲などが挙げられます。
例えば、功利主義の原理に従えば、少数派の権利を犠牲にしてでも、多数派の幸福を最大化する政策が正当化されてしまう可能性があります。また、ベンサムは、すべての快楽は質的に等しいと考えていましたが、実際には、精神的な快楽と肉体的な快楽のように、質的に異なる快楽が存在すると考えることもできます。これらの批判に対して、後継者であるミルは、功利主義を修正し、個人の権利の重要性や質的に異なる快楽の存在を認めるなど、より洗練された理論を構築しようとしました。
ベンサムの「道徳と立法の諸原理序説」を深く理解するためには、彼の生きた時代背景、功利主義の基本的な考え方、そして彼の思想が社会に与えた影響や批判などを総合的に把握することが重要です。
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